モデルだよーっ。いよいよ私の美貌が晒されるときが来たんだ。理沙なんか悔しがるだろうなぁ。既に合わせた衣装に引き付けられた男が2人もいるんだ。二村クンとマユ君。…あれ、二村クンはあの時どこかに行ってあそこにいなかったんだよね。どうして帰りにじーっと私のこと見てんだろう。あ、そうか私の美貌が輝き始めたんだ…マジでそうなんすか?
家で既に下着姿になってソファに寝転がってラジオを聞いて爆笑していた私は、帰ってきてからテーブルに放り出していた携帯が光りだしてメールが来たことを知らせているのに気付いた。
「ん? よっ」
勢いをつけて起き上がって携帯を掴んで画面を見てみると、
「おーい彩呑みに来ないか? by芝浦・浜松・豊田」
と、いい感じに酔っ払った3人の仲間の写真が添付されてきた。おし、行こう! あ、でも最近外食ばかりで結構財布もやばいぞ。理沙と違っておごられるのが苦手で金出しちゃうのが自業自得なんだけどね。あーこれは困ったぞ。
「…」
ん、くだらないことで何を悩んでいるんだって思ったな! そうかもしれないけど私にとってはこれは…えっとシカツ…そう死活問題なんだよっ。
私は面倒くさいと思いながらも立ち上がって腹をバリボリと掻き毟りながら財布を開けてみた。開けてみなければ良かった。3千円が上向いて並んでるんですよ。
私は天井を仰いで、
「うー、微妙〜」
と言ってみたけど別に何が変わるっていうわけでもないんだよね。それが虚しい。晴れてモデルの仕事があるわけだから馬鹿食いビールっ腹になっちゃあまずいよね。よし、断ろう。
で、気分を入れ替えるためにもう一回天井を仰いで伸びをしてみた。チカチカ…。
「チカチカ?」
蛍光灯がチカチカと点滅し、チカ、パチッ。
「ぱ、パチって!」
電気が消えてコンポの鮮やかな黄色いイルミネーションだけが我が部屋の明かりになってしまった。その液晶画面に「10:10/FM80.0」の文字が浮き上がっている。電気が消えただけなのにさっきよりも部屋が静かになった気がして黄色い明かりに近づいていって見つめながら洋楽の女性ボーカルにボーっと聴き入ってしまった。
返事を出さなきゃいけないと我に返ってみたものの、携帯をどこに置いたのか見失って暗い部屋では見つからない。
なかなか私が返事を出さないからだろう、携帯が光ったのが見えた。メールが来た。急いで光の元へ手を伸ばして、
「いてっ!」
テーブルの角に足の小指をぶつけてもがきながらも携帯を開いた。
「明る過ぎ」
一人で呟いているのが馬鹿みたいだけど、携帯の画面って明るいんだね。見てみると、
「今日は奢るぞ。だから来い! by大モテの3人」
大モテのモテはもちろんバカに置き換えるのが正解。ん? 奢り!?
「いや、太るし…」
でもこんな暗い部屋にいてもロウソクも懐中電灯も、替えの蛍光灯も無いから寝るしかない。寝るか、呑むか。
「それが問題だ」
これって何の台詞だっけ? モデルは土曜日できょうは火曜日だ。4日もあるんだからちょっとくらい太っても大丈夫だろっ。呑む呑む。あれ、今日は…
「あいつらに呑みの約束させられてたんだ!」
そこにまた携帯が鳴った。
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大声をあげた僕にどこからか罵声が浴びせられた。
「何時だと思ってるんだ、うるせぇんだよバカ!」
その声の方が近所迷惑なんじゃないかというくらいの大声に僕も、僕に襲いかかってきた人物も萎縮してしまった。
数秒の後に少し気を取り直した僕は襲いかかってきた人物の顔を目を凝らして見て少し驚いた。
「三沢、だよね?」
暗いながらもそこにいる人物の、人を無気力にさせる雰囲気と輪郭が掴みとれた。僕の知り合いでそのような雰囲気を持つのは三沢タカオその人しかいないのだから自ずと答えが出る。その答えは会いたい・会いたくないに関係のないもので、お分かりのこととは思うが僕は三沢に会いたくなかった。
「そうだよ俺だよ西ちゃん」
彼は不機嫌なのを隠す気もない様子で一気に返事をした。驚かされたのは僕の方でそんな不機嫌になられてもどう対応したらいいのか分からず僕は立ち尽くし、それが彼を余計に不機嫌にしてしまったらしい。
「こんなに待たせてさぁ、リアクションなし?」
のらりくらりした言い方なのだがそこに不思議と怒りが見て取れる。
「西ちゃんよぅ、着信拒否ってどうなのよ」
そう言われたとき何と答えるべきなのだろう「便利な機能です」や「それは通信会社のサービスで、通話を受け付けたくない相手からの着信に対して中継局側で門前払いをしてしまうものです」などが正解のような気もするが、そうではなかった。
「俺を拒否しちゃっていいの?」
一瞬、三沢は僕が自分のことを苦手としていることに気付いたのかと思った。三沢は僕の勘違いなどに気付かず続けて携帯電話を上着のポケットから取り出して苦々しく言った。
「俺を着信拒否しちゃうってのはさぁ、ねぇ」
「?」
「いかんじゃないの。西ちゃんは自分の立場って分かっちゃってないでしょ?」
三沢は携帯電話を操作してどこかに掛けだした。そして画面を見る。暗闇の中で携帯電話の画面のバックライトが煌煌と照って三沢の顔がはっきりと闇に浮かび上がって見えたが、普段と違う光の照り方で三沢の顔は青白く、言ってしまえば病人のようでもあった。
今度はその光が僕に向けられたが、画面を見ても意味がわからない。
「えっと…」
「『えっと』じゃなくてさぁ、西ちゃん頼むよ〜。これあんたの電話番号。でもそっちに掛かっていないでしょ」
「う…うん」
確かに言われてみれば僕の電話番号だった。そして確かに僕の携帯電話は沈黙している。不信に思ったので携帯電話を背広から取り出してみた。やっぱり沈黙。
「西ちゃん、みとめなよぉ。着信拒否しちゃってるんでしょ」
まさかとは思ったけれども急いで着信拒否を確認してみた。…あ。
「西ちゃん、みとめなよぉ」
そうだらだらと言いながら、言い方に反して三沢は僕の携帯を素早く引っ手繰って画面を確認した。そしていぶかしげに僕を軽く睨んでやはりだらだらとした言い方で文句を言った。
「やっぱり拒否じゃないの。どうしてさ?」
どうしてって、僕には覚えが無い。しかしそれをそのとおりに言ったところで信用されないだろう。…。
「さあ…」
「さあ、って何だよ。ちゃんと着信拒否しちゃってるんじゃないのさ。こんな遅くまで待ち伏せしなきゃいけなくなっちゃうのは困るんだよね」
どうやら僕は自分でも知らないうちに「着信拒否しちゃって」いたらしい。三沢に会いたくないという思いがそうさせたのだろうか? しかしそれはそれで夢遊病的で気分のいいものじゃない。誰かに仕組まれたということは無いだろうか。…品川? 僕はカマを掛けてみることにした。
「そうか、品川だな!」
三沢が慌てるはずだ。品川が三沢と組んで僕を困らせて…利点は?
そんな思いが珍しく僕の頭を駆け巡ったその時、三沢は不思議な表情を浮かべた、ように見えた。街灯は少し離れたところにあり、真っ暗闇とまで行かないまでもやはり暗いので表情がはっきりと分かるわけではない。
「品川? なんだそりゃ。まあ、間違って着信拒否設定したってことかな?」
「え?」
三沢が素っ頓狂な声で答えを返してきたのだ。僕はどうすればいいのだろう。
「西ちゃん、それはどうでもいいけど、土曜日お話があるんだよね。有楽町ででも話しようか」
「土曜日?」
「そ。喫茶店でゆっくり話そうよ。美奈子のことだよぉ。来ないわけにいかないでしょ。また連絡するから、んじゃ」
三沢は僕の返事も聞かずにとことこと歩いていってしまった。が、振り返って、
「今度は拒否しないでよ〜っ」
と付け足していった。
僕はそのままドアを開けて玄関に入り、靴を脱ぎながら考えた。
三沢は何を考えて僕に接触してきたのだろう。前の話からすると彼は美奈子の居場所を知っているようだったけれどもそれが分かっても僕に近付いてくる理由が思いつかない。大学で付き合いがあって以来社会人になってからは会っていないのだから何か意味があるはずだ。
そう、品川と食事をしたことや木島さんと食事をしていたことをあいつは知っていて脅すようなことを言ってきた。本当に美奈子の居場所を知っているのだろうか。
そこまで考えたとき僕は自分が靴を脱ぎかけたまま固まっているのに気付いて一人恥ずかしくなった。
とりあえず手を洗って背広から着替えて台所で水を飲んだ。そしてまた考えを巡らす。
品川が何故か僕の隣で寝ていたあの日、美奈子が何故かあそこに来た。そして三沢は僕の事情を知っている。それだけでなく監視しているように詳しい。これが何を意味するのだろう。土曜日には僕に何を仕掛けるつもりか分からないけれど、間違いなくあいつは僕の敵だ。
僕はテレビをつけて少し画面に見入った。スポーツニュースでサッカーの結果をやっていたがチームが多すぎて何が何だか分からない。
僕の置かれている状況も何か今一良く分からない。考えても始まらないので、ふと思い立ってテーブルから立ち上がりとりあえずスケジュール帳を鞄から取り出して見た。
「明日は特になし」
駅員みたいに独り言を言って確認をした。そのまま閉じようと思ったが思い直して土曜日の欄を開いて三沢タカオと会う予定を書き込もうとした。
「あ。それどころじゃない」
そこには『ジャンヌ取材・撮影』と書かれていたのだ。
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次の日、私は会社を休んだ。病欠なんだけど病気じゃなくて仮病。目黒・神田・大崎に無理矢理飲みを誘われていたのを忘れていた私は三人からの呼び出し電話に思わず「今日、具合悪くて」と嘘をついてしまったからなの。何で嘘をついたか? 簡単。3,000円しか持っていない時に男と女どっちと飲むって、それは男に決まってるでしょ。奢って貰える可能性があるもん。それに昨日は奢ってくれるって言ってくれてたし。
「いやあ、品川が来ると結構『華』だな」
なんて言われりゃ気分いいっすよ。で、ただ。女やってて良かった良かった。当然奢ってもらいました。
でもね、目黒・神田・大崎の恐怖ってモノは半端じゃないんだね。特に目黒は伝説「目黒川の氾濫」ってのがあったんで恐いんだわさ。普通だったら今日出社したって別に何にも無いんだけど、あいつには殺されるのだ。だから休んだ。保身っていうやつ?
確かにね、それで疑いが晴れるかって言うのは怪しいんだけど、まあ何とかなるでしょ。ということでずっと適当に過ごしてました、はい。
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社員食堂で僕は一人寂しく食事をして、そのままテーブルで頬杖をついて考え事をしていた。その内容が仕事に関して、とかスケールの大きい趣味についてとかであれば格好いいのだけれども僕の場合はやはりと言うべきか、我ながら実に情けないものだった。
三沢はどのようにして僕の窮状を知り得たのだろう。いくら考えても品川が三沢の仲間だとしか思えない。でもあの何も考えていないような女性がそんなことを出来るものだろうか? 頭が弱そうに見せかけているだけなのかも知れない。
そうなると彼女に深く関わるのは危険だ。明日の撮影に衝突するように三沢は僕を呼びつけようとしているのではないだろうか。そう考えると自然だ。だから品川は
「西君」
背後からの突然の声に僕は少し驚いて振り返った。
「あ、木島さん」
同じ会社なのに昼休みにこの食堂で木島さんと会ったことがなかった。
「どうしたの、考え事しちゃって」
「え、ああ、うん」
こんな時こういう返事しかできない自分が嫌になるがもう慣れてしまったのも事実だ。
「ちょっと横、座っていい?」
そう言って木島さんは僕の横に静かに腰をかけ、両手を自分の腿の横に置く姿勢をとって笑いながら、
「彼女のことでも考えていたんじゃない? そうでしょう」
半分正解というところ。でもここで考えていたことを言ったらギクシャクして明日の雑誌撮影と取材に支障を来すだろうから僕は嘘をついてみた
「違うよ」
木島さんは半笑いになって、
「え、じゃあ何を考えていたの?」
と僕の方に顔を近づけた。
「え、あの…」
何も考えないで「違う」とか言ってしまったので僕はまごついてしまった。手に汗をかいてきて、何と答えようか考えているうちにも木島さんは僕を見ているので余計緊張してしまった。嘘がバレてしまう。
そのうちに木島さんが口を開いた。
「あ、ごめん。言えないようなことなんでしょ」
そう言われてさらにあわてた僕はそこで観念しておけばいいのに、
「ううん、そんなことじゃないよ」
などと自分をさらに苦しめることを言っていた。嘘だとバレても怒られる訳はないのに。
そして困った方向に向かってしまう発言を続けた。
「木島さんのことだよ」
「え?」
明らかに木島さんが戸惑っている。僕はその意味に気付かず、
「だから、木島さんのことを考えていた…あっ」
嘘をついているせいで自分の言っていることの意味が今ごろになってようやく分かった。そして思わず小声をあげてしまったが、これが余計に意味深い状況を作ることになった。
僕と木島さんはお互い黙ってうつむいていたが、木島さんがその雰囲気を払拭するようにことさら明るい言い方で言った。
「あ、そうか。明日のインタビューのことを考えていたのね。西君がリーダーなのに私の肩書きがチーフでどっちが偉いのか分からなくなっちゃうって心配でしょ」
その思いがけない言葉に僕は笑った。一瞬にして雰囲気が変わる。本当は僕がさっきの空気を払拭しなくてはならなかったのに、と思いもしたがここは木島さんに合わせた。
「チーフとリーダーでしょ。石川君は肩書きがないじゃない。それで悩んでいたんだよ、うん」
木島さんが少しはしゃいだ様子で頷いた。
「そうだよね。一番出世している感じなのに、平だもんね」
ここで断っておくと僕も平社員だ。そんなことは言うまでもないか、はは…。
木島さんが食事を始めながら続けた。
「明日は頑張ろうね。皆で頑張った結果なんだもん」
そうだ僕も明日くらいはアピールというものをしたっていいだろう。一応リーダーよばわりされているし、多分それは明日も変わらないだろうからおどおどしていては変に見える。
僕も昼食を食べ始め、木島さんとの会話は途絶えた。向かい合ってではなく隣どうしに座って食事をしているのが奇異に感じる。
一応エルモアのアイデアは僕と桜田という女性で練ったものだから、それくらいは威張ってもいい…という気がする。桜田さんはなんと大学院を出ていて、僕らより2歳年上だ。
「あ、そうだ。桜田さん発見したよ」
僕は思い出した桜田さんのことを慌てて木島さんに言った。
「え、見つかったの?」
「うん。昨日」
木島さんは嬉しそうに桜田さんのことを思い出しているようだった。
「そうなんだぁ。桜田さんって背が高かったよね」
「僕と同じくらいあったよ」
「そうだよね。ああ、久しぶりね。昨日見つかったんだぁ…昨日?」
木島さんが箸を止めて僕の方を向いたので、何事かと気にはなったものの
「うん」
と食事の手を休めないまま答えた。
「えぇ? 取材を受けるのは明日だよ。そしたら昨日のうちに教えてもらいたかったな。そうすれば今日時間をとって桜田さんと打ち合わせが出来たじゃない?」
そう…だと僕も今感じたため何も言いようがなかった。どうして僕はこうなんだろう。こんなのがリーダーだなんてばかばかしい。取材を受けるには自分の他にあと2人くらいいればいいだろうと思っていたところに木島さんと石川君を見つけたものだから満足してしまっていた。だから桜田さんを見つけたことに関しては大して気も使わなかった。ついでに言うと最後のもう一人はすでに退社していることも分かっていたが、これもそう、気にしなかった。
木島さんが息をついた。
「とにかく今日会ってみるわ。部署はどこなの?」
僕はボーっとしていたので木島さんの言葉の意味が分からなかった。
「え、企画だけど…あ、僕じゃないか。えっと、誰が?」
木島さんの大きなため息。
「あのねぇ、西君」
木島さん、木島さんだけじゃない。僕自身も明日が心配です。そして品川がいることも心配だ。
To be continued.
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