ふと目が覚めてベッドから出ないまま少しだけ体を起こして時計を見る。
「ん…」
私は早朝の3時であることを確認するとバタンと音をたてて伏した。その瞬間、感触に違和感を覚えて上半身を起こしてみた。
「ん?」
感触でブラが無く、胸がはだけている…だけでなく完全に裸だったのが分かった。私はまたか、と思った。
でも、寝ぼけているとそんなことなんかどうでもよくって。
「うあああ」
また寝た。
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その日の朝、僕はがさがさ物音がしたので目が覚めた。
…。
「会社!」
冷や汗で背筋が急に冷たくなったのを無視して顔を上げると、忘れていたけどワイシャツ姿だった。その時横で、
「今日のあなたの運勢は?」
などという女性の声が聞こえてきた。驚いてそっちを見ると、声はテレビからで早朝の番組の占いコーナーだった。
…。
「会社!」
「今日、土曜日は蟹座のあなたが最高の運勢!」
「へっ?」
間抜けな声で僕はテレビに向かって訊いていた。そうか今日は土曜日だったんだ。安心して上半身を起こすととまだ薄暗く、カーテンから青白い光だけがほんのりと入り込んできているだけだった。そして僕はテーブルに伏して寝ていたのだった。つまり考え込んだまま酔っぱらってテレビもそのままに寝てしまったのだろう。体がだるく、また座って寝ていたためかきしむように痛むので僕は首だけを動かして周囲を目を凝らして確認してみた。一瞬別の家のような感覚にとらわれてゾッとしたが、間違いなく僕の部屋だった。そう分かるととりあえず動こうという気になってくる。テレビのチャンネルを変えてみると「おはようゲートボール」なんてやっているので余計に動く気になった。
顔を洗い、服をラフなものに着替えて、思い直してシャワーを浴びた。
タオルで髪の毛を拭きながらさっきより日差しの強くなった部屋に戻ると携帯電話が放置されているのが目に付いた。僕が放ったに決まっているのだが全然記憶にない。そう、昨日からの謎がまだ頭の中で澱んだままだった。三沢は一体何をしたいのだろう。僕を呼びつけて何の話をする必要があるのだろう。美奈子に関係していそうだとは思うが、三沢と美奈子の接点が分からない。もちろん大学時代に3人で出かけたりしていたこともあるので2人が知り合いであることは事実だ。それでも、僕たちは婚約しているわけで…
「あああっ!」
自分で婚約という単語を思い浮かべておいて腹が立ってしまった。自分にプレッシャーをかけているようなものじゃないか。全く。
気を取り直し、カーテンを開けるが気は晴れない。そのくせ変なところで寝ていたにもかかわらず体はいつもより元気なくらいで、それがまた苛立ちを招く。悪循環だ。それでも体は伸びを要求してきて僕はそれに逆らえず欠伸とともに両手を上に挙げて大きく伸びをした。傍から見たら気分爽快の男の図だろう。…もう三沢のことは気にしないことにしよう。あくまで向こうのアクション待ちという姿勢をとることにした。
今日は気分転換に、転換に、出かけないぞ!
ということで早速テレビゲームを引っ張り出してきた。久々に遊ぶように思うが、やはりこのファンの騒音はどうにかしてもらいたいという感情は相変わらずだった。
「あ、俺下手になってる」
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しばらくテレビゲームを堪能した僕はふと我に返って、もう一つの問題事項を思い出していた。二村だ。木島さんを休日に呼んだというのは間違いなく軟派な理由だと言える。
こういう時二村に咎めるようになぜそのような行動に出るのかと訊くと必ずこう答える。
「おい、可愛い娘がいたらまず『欲しい』と思うだろう。そこで行動に出るか出ないかで男は2種類に分けられるんだよ。行動に出ないのがお前で出るのが俺さ。アグレッシブな動物として優れているのはどっちだと思う? 俺だろう。動物っていうのは優れたDNAを求めるんだ。女性の場合優れたDNAは顔で判断出来る。可愛い娘ってのがまさにそれさ。美人はダメだ。美人は歳をとるとどんどんと自分の老いを化粧でごまかすようになる。俺はそういうの嫌なんだ」
論理的なような、そうでないような話を力説してくれる。軟派な割に女性にこだわりがあるそうで、顔が気に入らないとそれだけで二村の言う「却下。あれは女ではない」ということになるらしい。こういうのを鬼畜と言うのではないかと僕は思っている。僕は美奈子の顔は特に好みではないんだけど、それでも好きになったので二村の気持ちが理解できない。「女ではない」というのも物凄く失礼なことだと思うし、「欲しい」という表現も下品だ。そう言いながらも僕が二村と友達でいるのにはきちんとした理由がある。彼は女性にはどうなのか分からないけれども友達には物凄く親切で「いい奴」なので、多少ワルだったり女好きだったりしても憎めないのだ。だから高校生のころから今までこうやって付き合ってきている。
「だけど」
だけど、木島さんに迷惑をかけるのは止めてもらいたい。彼女は真面目だから軟派な行為は彼女にとっては失礼にあたる。彼女に仕事の話を持っていった僕の友人が逆に迷惑をかけて仕事の邪魔をするようじゃ話が通らない。
「よし」
僕は思い切って木島さんに電話をかけた。二村は「勝負」のときに電話が入るのは邪魔だ、と言っていたことがあるからどうせ電話の電源を切っているだろう。
しばらくして電話から無情な声が聞こえてきた。
「お客様のおかけになった電話は電源が…」
え…。
二村がにやりと笑って木島さんの電話の電源を切る。
「これは邪魔だ」
そして木島さんの肩を軽くつかむと、恥らって逃げようとする木島さんにささやく。
「ここまで来たって言うことは、心を許してくれたってことだよね。だったら体も…」
…。
「あああああ」
僕は何を想像しているんだ。馬鹿じゃないのか。馬鹿になってしまうような出来事が続いたからだろう。そうに違いない。…はぁ。
やっぱりこの日僕は混沌としたまま出かけなかった。僕が着信拒否をしているせいで三沢タカオが困っていることなど全く知らずに。
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月曜日、僕は結構仕事そっちのけでエルモア創始メンバーの残り3人を探していた。僕はよく昔から「弱弱しい」と言われていて実際自分でもそうだろうと感じているくらいで仕事を放置するなどということはできない筈だった。それが今日は堂々と仕事を放置している。僕もいろいろなことを1週間で経験して成長したのだろう。…と言いたいが全然そうではなく、明日までにメンバーが見つからなかったら僕と木島さんだけがインタビューを受けることになって万が一それが他のメンバーの目に止まりでもしたら何を言われるか分からないので必死になっているのだ。やっぱり気が弱いのか…。でも品川の不貞を問い詰めたときは自分でも驚いた。やっぱり成長しているのか。
朝から電話をあちこちに掛けているので同僚が僕を見て変な顔をしている。何をしているのかばれたら怖いので僕は一旦席を外して休憩室に行った。
缶の紅茶を自動販売機で買おうと思ってお金を入れるが、自動販売機はそ知らぬ顔でランプを点さない。
「へっ?」
100円を入れたはずなのに反応がないので僕は戸惑ってしまった。返金口を覗き込んでも何もない。
物凄く存した気分になった僕は休憩室のソファに腰を落ち着けたものの、落ち着かないで立ち上がり、また自動販売機を覗き込んだりしてみた。そんなことを2,3回繰り返して自分で馬鹿馬鹿しくなってきたので職場に戻ることにした。
「あ!?」
机の上に社内の名簿や組織の資料を広げっぱなしにして来てしまったことに気付いて僕は急いだ。もちろん残りのメンバーを探すためのものだが、それとわからない者が見たら何と思われるか分かったものじゃない。変な噂は怖い。
エレベーターに向かう途中に受付嬢が挨拶してくれた気もするが僕は無視してしまった。エレベーターに乗ってから挨拶されたのかどうか顔を向けて確認してみるべきだったと後悔したりして…やっぱり僕は暗い。
とにかく職場に戻って席に着こうとしたとき、同僚が僕の机を指差して恐ろしいことを言った。
「西さぁ、これ何? 人のデータでも管理してんの? 探偵のバイトとか?」
その目つきは完全に「怪しい副業をしてるんじゃないのか?」という疑いを僕に向けていて、僕は席に着く動作の途中で固まったまま返事をした。
「え、いや探偵だなんてとんでもない」
「じゃあ何なの?」
う、言い訳が思いつかない。答えられない。
「座らないで固まったままなのも怪しい。そんな名簿とか調査して電話ばかり掛けて…もしかして人事からのスパイ!?」
「へ!?」
急に同僚が自分の推理に恐ろしくなったのか僕を正視しなくなった。そしておどおどしたように近づいてきて僕をチラッとだけ見て、
「俺の評価って…どうなの?」
何と答えたものか迷って困っているとこの同僚は勝手に話を作るのが好きなようで、
「言えない位酷いの? ねぇ」
「あ、いや、その…何!?」
同僚は突然僕の肩を掴んで僕を椅子に押し付けて、唾を飛ばしながら小声で叫んだ。
「ちょっと、俺は真面目に仕事してるよ。確かに西がいない間に机を見たけど、それは集中力がないんじゃなくって、今日のお前の様子が変なんで気になっただけなんだ。いや、それじゃやっぱり集中力がないことになるのか。俺は、偶然見たんだ。トイレに行こうとして偶然机を見たんだよ。俺は会社のために働いてるよ。だから評価されるなら納得だけど査定が落ちるんだったらそれは抗議するぞ。あ、いや、俺はそんな高圧的じゃないよ。穏やかにそれでも必死に仕事をこなすんだ」
僕はその同僚の間の抜けた、というよりずいぶんと阿呆な行動を見ていて余裕が出てきた。ちょっと遊んでやる。
「おい、俺を心配してくれたのかトイレに行くだけだったのかどっちなんだ?」
まだ何か言いたそうだった同僚は僕の言葉で自分の矛盾に気付いたのか、僕の肩からその手を放して少し落ち着いた様子で自分の椅子を僕のところに持ってきた。膝に手を置いて、僕と目線の高さを合わせる。
「…トイレ」
僕の反応を伺うような言い方で言うのが面白い。なので、
「人のことを心配している振りをしたんだな。つまり一回嘘をついたんだ」
意地悪だろうか? 同僚の顔色が悪くなった。
「そうじゃなくて、正確に、正確に言うとだな、ちゃんと聞いてくれよ。俺はトイレに向かう途中でお前の様子がちょっといつもと違うな、と思って机をチラッと見ただけなんだ」
僕は調子付いてきて腕組までしてふんぞり返って偉そうに答えてみた。
「ふーん、なるほど。集中力が欠如していたんだな」
同僚はハッとして立ち上がった。
「集中は…あーっと、やっぱり西のことが心配で、さ」
「ふーん、しかしさっきから高圧的だよね」
この態度を品川に対して取れればいいのだろうけれども、それが何故か出来ない。あのペースに飲み込まれるというか、言い返せなくなる。言い返せたとしても丸めこまれるのも目に見えている。それでも何だか面白いので憎めないのだけれど。
同僚は僕を勝手に人事のスパイだと思い込んで必死になって自分の弁護をし続けていた。それくらい出来るならプレゼンだけででも出世できるんじゃないだろうか?
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「ねぇ、品川さぁ、明日ちょっと呑んで行かない?」
目黒が神田と共にやってきた。
「何?」
珍しく表計算ソフトと格闘していた私は振り返った。目黒がそのモニターを覗き込んで、
「え、品川仕事しちゃってるんじゃん!? どうしたのさ?」
笑い出した。
神田も驚いた様子で、
「おいおい品川、熱中症!?」
と訊いてきた。私は熱中していない。ん、何か変?
「熱あるんじゃないか?」
目黒は私の額に手を当てて熱を測る振りをし、神田は爆笑しながらモニターを見ていて、キーボードに手を伸ばして何か文字を打ち始めようとした。
あ!
「こら! いじるな。消えたらどうするんだ」
私が神田の手を掴んで退けようとしたら何が起きたのか画面が消えた。
「は?」
「うっ」
「あ」
消えてる…。
「神田! 消えたじゃないか!」
神田は一瞬おののいたけど、怯むどころか逆ギレしだした。
「おうおうおう、あんたが私の手ぇ掴まなかったら消えなかったはずだ」
「なにおぅ!? てめぇが余計なことしなけりゃそれで済んだんだろうが」
「私は手伝ってやろうとしたんだ。好意をそうやってあんたは…!」
神田はそう言いながら真っ黒になったモニターをパンパンと叩きだした。
「叩くな!」
「消えてんだからいいじゃん」
「よくない!」
「じゃあどうしろって言うのさ」
ん? どうさせよう。と私が詰まると目黒が私と神田を馬鹿にした目で見て呟いた。
「お二人さん」
「何!?」
二人同時に怒った返事をすると目黒はマウスを乱暴にシャカシャカと走らせた。そして顎でモニターを示すとモニターにはさっきの画面が戻ってきた!
「あのさぁ、スクリーンセーバーって知らない?」
「何それ?」
「同じ画面がずっと出てると焼き付いちゃうからそうならないように、しばらく操作をしていないときには画面が消えたりするんだよ」
へぇ。知りませんでした。パソコンマニアじゃないもん。
神田が少し考えて、とんでもないことに気付いた。
「ってことはさ、品川はしばらく操作をしてなかったってことだよね」
…。
目黒が応じる。
「だねぇ。品川、暇なんでしょ」
…。
「…はい」
目黒が本を持ってきた。
「ほい。これで少しはパソコン覚えな」
「うん」
「それはいいとして、明日は呑むよ」
明日は…雑誌の打ち合わせがある。
「今日じゃダメなの?」
神田が私の素朴な疑問に答える。
「今日は目黒の都合がつかないんだって」
「ふーん。大崎は来るの?」
「うん」
まずい。行けないぞ。私はちゃんと謝ることにした。
「ごめん。明日は都合が悪いんだ」
目黒が焦ったように私の謝罪をさえぎる。
「ダメだよ〜。あんたにとっていい話があるんだから」
「え?」
神田も続く。
「ダメだよ〜。明日の主役は品川なんだから」
「いやぁ、でも無理だと思うなぁ」
神田はムッとした様子になり、
「おい、最近付き合い悪くない? 金曜日のQ大との合コンも来ないし…あ」
目黒が「何?」という表情で神田に正対して顔を近づけた。神田は自分の失言に慌てて、
「あー、そのー」
「抜け駆け?」
大崎もやってきて神田と目黒の様子を見て変な顔をして私に訊いた。
「この二人どうしたの?」
「うん? 抜け駆けを責められてるんだよ」
大崎は自分も抜け駆けをしていたことを思い出して一瞬顔が青くなった。で、私も思い出して事態を複雑にしてこの場を逃れようと、
「大崎も抜け駆けしたよね?」
「はっ? あ、それは内緒…う!」
目黒、神田、大崎の3人が複雑な口論を始めて私は再度モニターと格闘し始めることになった。とりあえずさっき目黒が持ってきてくれた本を見よう。
2,3分して3人が静かになった。どうしたのかと思って振り向くと3人が私を睨んでいる。
「おい、品川、あんたが一番得してるじゃないか。抜け駆けを2回持ちかけられて!」
はいぃ!?
「何よそれ?」
私が反論しようとしても3人に敵うわけもなく、明日の飲み会への出席を約束させられてしまった。
ついでに言うと、パソコンとの格闘には玉砕しました。計算が完全に間違っていたのよ…。
To be continued.