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辻褄 Phase Nine

 マユ君、何気に私のこと気に掛けてるんじゃない。でも全然イヤらしくないんだよ。そういうところ、今まで遊んだ男にはなかったんだよね。マユ君は遊び相手じゃないから例外ってわけじゃないけど。あ、でも、もしかして実はあの夜私の部屋で狂ったように私を抱いてたりして。…それってかなり無理がある発想だけど。
 あの日の夜って全然記憶にないし。薬でも飲まされたんじゃないかって感じに記憶がないんだよ。飲み過ぎたんだろうなぁ。
 週末にたまに一人で行く店があるんだけど今日はそこに行かないでQ大との合コンさえも断って、デパートに来ていた。マユ君ブランドのエルモアを見に来たんだけど、
「ねぇ、綾ぁ」
 理沙までくっついてきてた。結構うざかったりするんだけど。
「何よ」
「あんたってこんなのデザインしてる知り合いいたんだ。すごいじゃん。これなんか若く見える私にぴったりだしさ」
 老け顔のくせに自分だけ若く見えると、コギャルくらいに見えると思ってる理沙は何のためらいもなくかわいいキャミソールを自分の前にぶら下げてみせた。
 それに私は答えなきゃいけない。
「…意外に似合うんじゃねぇ?」
 とても、寂れたスナックの安いホステスみたいだ、なんて言えない。
「だろ? こりゃあたし向けに作られたな。さすがあんたの知り合いじゃん」
 苦笑いするしかないって。とても、服がかわいそうだから買うな、とは言えない。
 満足そうな理沙がふと私を見た。
「…意外に? 意外にってどういう意味さ」
 しまった。思わずささやかな抵抗で「意外に」という言葉をつけてしまった。まずい。
「あ、いや、言葉の綾って奴よ、馬鹿な。意外なわけないじゃんか」
「ん? 綾か。そうか。綾だけに言葉の綾ね」
 くだらねー。とても、その服は絶対に似合わないから今すぐ手放せ、なんて言えない。死にたくないし。
「ちっと買ってくる」
 馬鹿…馬鹿じゃない、えっと理沙がレジに行っちゃった。理沙はよく「じゃん」を言うけど私も理沙も横浜とは無関係なんだよね。かなり頭悪いかも。私もパーだけどさ。だからいいのか。
 パー…理沙が居ない間に私の好きな服を見に行った。
 前も言ったと思うけど私は真面目っぽい服が好みで、エルモアは理沙のタイプの服から私のタイプの服まで揃っているので趣味の合わない2人で来ても楽しめる。だから本当にこのブランドのファンだったりする。
 私は襟がピンクで胸元あたりがエメラルド色に茶色のチェック、袖が青の賑やかなセーターを手にして姿見の前で合わせてみた。
「うん」
 なかなかいい。モデルもこの服でやってみよっかな。マユ君には
「モニターとしてインタビューを受けて欲しいんですよ」
 ってしか言われていないんだけどね。それを何とかモデルまでさせてもらう約束を取り付けたの。言ってみるものよね。だから一応真面目にモニターをやってあげようと思ってこうして改めて見に来たんだけど、欲しくなっちゃった。あ、いや、モデルのギャラに貰えるかも。ちなみにモニターやモデルの話は理沙には全くしていない。あいつは横取りするタイプだ。
 そんなことを考えていたら突然背後から声がした。
「綾〜、相変わらずオバン臭い服選ぶねぇ」
 私はびっくりして固まってしまった。モデル話を悟られたら終わりだから。やっぱ、はなはだしく…華々しくモデルデビューなんてのもあるかも知れないからね。
 理沙は私の前に回り込んで獲物を狙う顔で私を見た。
「何よ」
「その服、あんた男に買ってもらう気だな」
「え?」
「買う気が微塵も感じられん。あ、あと、おでこのしわ気を付けな」
「は?」
 理沙は私のおでこに指を突きつけた。
「これっ! あんたの怪訝な顔ってのは必ずしわが寄るんだよ。痕になるぞ」
「けげん?」
 けげんって何? 何だか分からないけど理沙が呆れた顔で首を振って歩きだした。ん? ねぇ、けげんって何?
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 最近の僕は波が随分と激しい。落ち込んだかと思えば仕事を得て元気になり、今度は三沢タカオの電話で戸惑う。あ、その前に品川に昼の電話で無理矢理約束をさせられたのだった。
 品川は勿体付けた言い方をしたかと思えば、今度は高圧的だった。
「ねぇ、当然写真に出るんだよね?」
 当然、と来た。これは僕の逆らえない言葉の一つで、それを悟っているかのように品川は続けた。
「モデルもやるってことだから、どうしようかな?」
「へっ、モデル?」
 言い方は高圧的じゃないかも知れないが、言っていることはとんでもなく高圧的に思えた。品川は独裁者にさえもなれるのではないか。
「まっ、この私をモデルに選んだマユ君は目が高いよぉ〜っ」
「あ、いや、もで…」
「んじゃ、モデルってことで」
 ここから恐ろしい小声に。
「じゃないとモニターやってあげない」
 いじめに違いない。他にモニターのあてがないと悟られてしまったようで強硬な態度に出てきた。弱みを握られては仕方がない。僕は無理矢理快諾させられた。しかたない、という雰囲気でOKしたら「快諾しなくちゃいかん」と言われ…。
 それはまだ何とかなるかもしれない。だが、三沢タカオの件は気になる。僕を観察していただけじゃなく、あいつは美奈子と共にいる可能性が高いのだから。
「あれ? 美奈子はそう言っていたぞ、か…」
 呟いて僕はソファに腰を降ろした。同時にため息が出てしまう。
「浮気をばらす、って、恐喝じゃないか。浮気なんかしてないの…えっ?」
 三沢は「美奈子に浮気をばらす」と言って、それなのに「美奈子が浮気だと言っていた」とも言った。既に浮気…ではないけれども、品川との場面を見られている。それをばらすってどういうことだろうか?
「あ」
 僕は合点がいっておかしくなってきて、笑いだした。だってそうじゃないか。目的は分からないけれども、三沢は僕を呼び出したいが為にわけのわからないことを言い出したのだ。
「馬鹿だな、あいつ、矛盾してるじゃないか」
気分がよくなった僕は冷蔵庫から缶ビールを取り出して再びソファに座って一口飲んだ。
「ぷはーっ! うまい」
 テレビには最近人気の連続ドラマが流れ、男がもう一人の男に向かって不適な笑みと共に
「事態がよく分かっていないのはお前の方だ。お前は疑いを晴らせない。冷静になって考えてみろ。矛盾しているだろう」
と言う。
 全くだ。三沢、矛盾だよ矛盾。
 だが言われた方も何故か笑みを浮かべ、
「おい、矛盾とならない条件があるぞ。その可能性を無視しちゃいけないね」
 いつもはテレビなど見ていないのでドラマの内容は銀行が舞台だということぐらいしか殆ど知らない。だから何の話をしているのかもよく分からない。雰囲気から推測すると銀行内部の情報がリークされてその犯人探しがされているようだった。
「矛盾とならない条件?」
戸惑う男に対して疑われているらしい男はあっけらかんとした表情で答える。
「そうさ。瑞穂が何も企まないってお前は勝手に決めつけているんじゃないか?」
 言われた男は青ざめる。
「ちょっと待てよ。どうして瑞穂がそんなことに荷担しなくちゃならないんだ? 何のメリットもないだろう」
「人様の事情なんて意外に分からないものだぞ。瑞穂は確かに頭取の孫だけど、それが抑止力になっているという可能性の反面、むしろ実行させることにだって成り得る。もし瑞穂をあのときの電話の主だと仮定してみるとどうなる?」
 問いつめていたはずの男がうろたえを隠そうともしなくなった。
「いや、それは…。俺は犯人なんかじゃない。絶対…違うぞ。それは俺が一番よく分かっているんだ。だからあの電話は瑞穂じゃ…。だろう? なぁ、おい」
「おい、可能性の幅を広げろ。お前は調査をしているんだろ? そうだったら自分のことさえも疑うべきだ」
「俺は犯人じゃない」
「それは分かった。瑞穂に親友だと思われているかを疑うんだよ」
「……」
「物事は矛盾していない」
 矛盾していない、か。僕は三沢に言われた気になっていた。そして「矛盾とならない条件」を考えてみた。缶ビールを手にし、ソファから立ち上がってリビングをうろうろと歩き回って考えてみる。冷蔵庫にもたれかかって考えてみる。思いつかないのでビールのつまみにキュウリを包丁で刻んでみる。味噌をつけて食べてみる。
「ん、うまい」
 それで納得してしまった僕はキュウリとビールを持ってソファに戻った。ちょっと味を楽しんで、何気なく少し目を閉じた。
 可能性? 三沢が知っているけど美奈子が知らないことがある場合しかあの台詞は成り立たない。そんなことはあるのだろうか?
「…あ?」
 僕は品川とだけでなく木島さんとも会っているところを三沢に見られていたんだ。そうか、それをも浮気として美奈子に伝えるということか。
「それは」
 それはまずい。余計美奈子が怒るではないか。
 馬鹿は三沢ではなく僕の方だった。
 参った…。
 どのくらい悩んでいただろうか、電話が鳴った。三沢か?と携帯電話を見ると木島さんだった。
「はい西です」
「木島です」
 困ったような声だった。僕もそうかも知れないけど。
「どうかしたの?」
 しばらくの間。テレビを見てみるとさっきのドラマはとっくに終わっていて、見たことのないバラエティー番組が始まっていた。面白そうでちょっと気を惹かれたとき、やっと電話から声が聞こえた。
「お友達の二村さんってどんな人?」
 二村って、誰だっけ? あ、二村か。急にさっきまで考えていたことと違う話になったので思考が鈍った。
「え? どうしたの?」
「あした会う約束をしたんだけど、どうなのかな、って思って」
 どうなの、って? よく分からないが、とりあえず手助けするのがいいと思った。
「じゃ、僕も行こうか?」
「あ、ううん、それはいいんだけど」
 随分焦って拒否をされてしまった。よく分からないがとりあえず簡単に二村の性格を説明した。それに木島さんは安心した様子で言った。
「あ、そう。じゃあ交渉は問題ないかな」
 吹っ切れたような言い方なのに声が弱々しいのが気になるが、僕自身のことで精一杯な僕は適当に話を合わせて電話を切った。しかし急に違和感を覚える。
「あれ?」
 何故二村と会わなくちゃいけないんだろう。編集部と月曜日に話をすれば十分なのではないか。土曜日に二村と? あ、もしかしてあいつお得意のナンパ?
「しまった」
 木島さんに女好きであることも伝えるべきだった。

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To be continued.



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