僕が二村と2人の女性の所に着いたその時メガネの女性が二村に向かって
「ごっめーん、あたしたち急いでんのよ。じゃあね」
と、もう一人の手を無理に引っ張りながら言って去っていった。
それを目で追いながら二村は腕組とともに呟いた。
「むう、ミスった」
「まさかナンパしていたんじゃないよな」
この僕の言葉に奴はしらばっくれた。
「当然、情報収集しようとしたのさ。俺達くらいの年の女の子だったら知ってるかも知れないだろう?」
こんな嘘にいちいち反応している場合ではないので東十条の僕のアパートへと急いだ。
そして東十条。僕のアパートはすぐ近くにあるので改札を出るや否や走ろうとしたとき二村が僕を制した。
「彼女がお前の部屋にいたら気配で逃げるぞ。いわば空き巣狙いと同じだからな」
つまり美奈子は…。
「おい、美奈子は泥棒なんかじゃないぞ!」
と反論するも虚しく僕と二村は僕の部屋に忍び寄っていった。もちろん、美奈子を泥棒と認めたわけではない。彼女が僕から何を盗む必要があろうか。
結局美奈子は僕の部屋になどいなかった。二村の予想は脆くも崩れさったことになるが、このあと二村が「当たったようなものだろう」と言うようなことが起こった。
落胆とともに安堵した僕と単純に打ちひしがれている二村が僕の部屋から出たとき、二村は何かに気づいたらしく右の方を見やった。
「あ!」
二村の声に僕もそちらの方を見た。
「美奈子!」
こちらに向かって歩いてきて10メートルほどのところにいた美奈子は、僕に気づくと慌てて今まで歩いてきたのとは反対方向に走り出した。
「待ってくれ!」
と言ったところで美奈子は立ち止まってくれることなく走っていくので追おうとすると今度は二村が僕の腕を掴んで、
「無駄だ!」
と邪魔をするので僕は二村を睨みつけて、
「追わないより追った方が増しだろ」
腕を無理に振り払って美奈子を追った。話を聞いてくれないかも知れないけど、それでも仕方がないし構わない。ただ何よりも美奈子のそばに行きたかった。
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ナンパを断ったことを利沙はいつまでも根に持っていたけどそれでも普通に買い物を楽しんだ。利沙はプーのはずなのに私よりも金を持っていた。あいつのバイトの収入、私より多いんじゃないか? 脱税で告発するしかないでしょ。
今私は一人で自分の部屋にいる。意味ないんだけど見る気もないテレビを点けっぱなしにしておくのが好きで一人の夜はだいたいそうしてる。時計は9時を指して、それを知らせる鳥の鳴き声を出していた。実は、今日の利沙の買い物の合間に私はこの部屋で拾った羽根のブローチの値段を調べて10万円もすることが分かった。グッチだからもっと高くていいのかも知れないけど…高いなぁ。
そんなものをこの部屋に忘れていったのって誰なんだろう。って考えるだけ無駄だね。誰がここに泊まったか全然覚えてないもん。え、恥?
ん? ケータイにメールだ。よく遊ぶ男友達連中から「今呑んでるんだけど来ねぇ?」ってやつだった。ちなみにこの中の誰とも寝たことはないです。やっぱ「ステディ」ってのが嫌で。
奴等の呑んでる場所が近いので行くことにした。
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朝。疲れきって寝ようと思っていたところに携帯が鳴ってしまった。しくじった、電源を切っておかなかった。…もしかして。
「美奈子!?」
突然そんな予感がして出てみると、随分と低い、のらりとした男の声だった。
「どうよ? 元気?」
元気のない声が確実に僕の元気を奪い去る。しかし誰なのか分からない。
「…失礼ですがどなたですか?」
男は相変わらず元気なさそうに、
「おいおい、西ちゃん元気?」
と失敬な言い方をする。元気な声でこのような失礼な言い方をする勧誘電話などであればそれなりに対処する術を持っているけれども、元気ない声だと調子が狂う。
「どなたですか?」
「やだなぁ、覚えてないの? 三沢タカオだよ」
三沢…? 実は昨日ずっと美奈子探しをしていて帰宅したのが昨夜12時で、その後ももしかしたら彼女から連絡があるのではないかと心配でずっと寝ていなかった。疲れと眠さで記憶をたどるのも面倒。あ、カーテンを閉めていなかったんだ。日差しが僕をどことなく弱らせている理由が分かった。
「おーい」
電話の相手の声で電話していたことを思い出す。そして寝ていないせいで苛立った僕は珍しく暴挙に出た。
「あんたなんか知らん」
と言って電話を切ったのだ。…。寝ることにする。そしてすかさず電話が鳴る。
「だから知らないって」
僕の声を聞いて相手は「また切られる」と焦ったようで、
「俺だってば、俺。ちょっと、大学で美奈子ちゃんと3人でよく遊んだじゃない」
え、三沢タカオ…? あ。
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私は会社から出て伸びをした。気持ちのいい昼に何だか感謝したい感じ。昨日は土曜日の夜に無茶苦茶呑んだツケで二日酔いにやられて一日中下着姿でだらだらしていたから今日の爽快な気分は格別なのよ。私をあんなに酔わせてナニをするつもりだったのか、って言えればいいんだけど、逆なんだよね。給料前だからみんなを酔わせて潰れている間に会計を逃れてしまおうと狙ったら私までベロベロになっちゃって…。ワインとウイスキーをブレンドしようと言った私がバカでした。
会社には食堂がないからいつも昼にはこうして近くの店に行くのね。最近一軒家みたいなイタリア料理のレストランを見つけて通っているんだけど、ここは誰にも知られないように、って店主に言われているからここに来るときはいつも一人なんだな。これを同僚にごまかすのがけっこう大変だから週に一回月曜日にしか行かないんだけど、今日は金欠だからみんなと一緒に安いものを食べに行こうと思ったらみんないつの間にかどこかに行っちゃって、仕方なくうどん屋に行くことにした。
「品川もうどん食べるんだな」
課長がコピーする書類を私に寄越しながら言ったそのセリフは同僚の耳に届いて、爆笑を起こした。このバカ課長は女がすぐにてめえと寝ると思っているらしく、微妙に「っぽい」態度になるときがあるので気に入らない。
席に戻れば、
「品川うどん?」
「東京名物みたいで超いい」
「だせー」
と同僚の女性陣に私は人気者よ。って玩具にされてるだけなのは分かってます。セリフ順に大崎、神田、目黒で、全員バカっぽい。
「コロッケ大崎ってのもあったねぇ」
私が半年前のことを引っ張りだして反撃して4人ではしゃいでいたら…
「こら、山手線ども仕事しろ」
って課長に怒られた。ん? 品川、大崎、神田、目黒って全部山手線の駅名か。
って、お前も「高田のバカ」って山手線みたいなもんだろ。
「さすが高田課長くだらないこと思いつく!」
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僕は疲弊し始めていた。体力的には何の問題もなかったが、精神は確実にすり減ってきていて体力を失うのも時間の問題だろう。そのうち仕事にも影響が出てしまうかも知れない。
僕は全国チェーン店展開を進めている中堅デパートの販売企画セクションに勤めている。中堅とは言っても大手と比べればその体力は非常に弱くて少しでも問題を起こせば、いや問題を起こさずとも気を抜くだけですぐに倒産してしまうだろう。僕はこれくらいの「ふらついた」経営状態の会社にいてこそ楽しめるものだと思っている。大会社で安穏としているような連中の気が知れない。それを負け惜しみだという人もいるだろうし、実際美奈子にそう言われたこともあった。それで喧嘩もしたが後で考えてみれば本当は負け惜しみなのかも知れないと思ったりもし
ス。それはともかく僕はこの仕事が楽しかった。…美奈子。何を考えてみても結局いつも近くにいた美奈子に結びついてしまう。
月曜の夜。僕は残業する気にもなれず早々に美奈子の行きそうなところを探していた。そして思いついたデパートに向かうことにした。美奈子は僕の勤める会社のデパートにはあまり足を運ばず競合店によく行っていたのだ。
その途中、昨日の朝電話をよこした三沢タカオから電話が来た。
「もしもし?」
「あー、俺だけど〜」
相変わらず元気を吸い取るような声でのらりくらりとした感じだ。
「何だよ。今忙しいから切るぞ」
僕がぶっきらぼうに言って電話を切ろうとしたとき、三沢タカオの焦った声が聞けた。
「あっ、待て。今お前の会社の近くに来ているんだけど、会えないか?」
「ちょっと急ぎの用があるんだ」
駆け出しながら僕が言うと電話の向こうから残念そうな声が聞こえた。
「そうか…。じゃあまたの機会にな」
「ああ」
普通だったら謝っているはずの状況で僕は冷たい感じで電話を切っていた。このころから歯車が狂ったような気がする。いや、本当はあの女性の裸を目の前にしたその瞬間から狂っていた。でもそうは思いたくない。あの女性は何も悪いことなどしていないし、魅力もあった。ただ、彼女のことをちょっとでも考えるのは美奈子に対して失礼だとも思ってしまう。それなのに何故か自然と彼女の声が頭をこだまするときがあって、そんな自分が嫌になって、美奈子が怒るのも理解できて、でも美奈子の居場所が分からないのが虚しくて…寝不足なんだ。寝不足を理由にしないとやりきれない。まさかたったの2日でここまで思考が狂うとは思わなかった。本当に2日しか経っていないのかと疑いたくなる。
敵であるデパートに着いた僕は受付嬢に洋服売場の場所を聞いて急いで向かった。
洋服売場は仕事帰りのOLで賑わっていたが、僕は普段と違って全く気後れせずにその中に入っていった。
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To be continued.