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辻褄 Phase Three

 僕は二村と新宿の喫茶店に来ていた。
「お前、それはまずいだろ。相手はただの彼女じゃないんだぜ。婚約…」
「だから困って無二の親友に相談してるんじゃないか」
 すると二村は席を立って、
「俺は婚約したことないから分からないし、そんな大事に無責任なアドバイスなんか出来るか!」
 要は関わりたくないだけだ。二村を味方に付けるかそうでないかで事態が、いや僕の運命が変わるように思えて僕は意地でも二村を巻き込むことにした。
「そう言わないで、こう、何というか二村だったらどうするかってことを聞かせてよ」
「お前なあ、俺は婚約なんてしたことないって言ってるだろう」
「それは分かってるよ。だからあくまでただの彼女だった場合はどうするかってことを聞きたいんだよ」
 一旦座りかけた二村だったがそれを止めてしまった。
「婚約者の場合に彼女を仮定した話が通用するとでも思ってるのか? 婚約していたら裁判沙汰もあり得るんだぞ。実刑モノだ」
 そんなこと僕だって分かっている。しかし、二村をどうやってここにとどめることが出来るか思いつかないんだから仕方がない。あ、でも実刑はないと思う。こういう場合は民事裁判だから賠償金モノだろう。そういう視点に立って考えてみると婚約って怖い…。
「二村、俺は今非常に困っている」
「まあそうだろうな」
「そんなときに頼りになるのは二村、お前だけなんだよ。助けてくれ。いや、手伝ってくれるだけでいいんだ」
 深刻に話す僕に二村は再び腰を降ろした。そして僕は胸をホッとなで下ろす。
「分かった。手伝うだけでいいというのなら手伝おう」
「じゃあ早速だけど」
「何だ?」
「こういうとき女性はどこに行くものなんだろう?」
「知らん」
「……」
 ……。

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 理沙は眠そうな顔で私を見てこっちへ向かってきた。
「おっす」
 ここは渋谷のモヤイ像前。待ち合わせ場所としては定番というより「ベタ」だと思うけど、自称「まだまだコギャル」の理沙にとっては特に問題ないらしい。
「理沙ぁ、眠そうだねぇ。どしたの?」
「あのさぁ、何で土曜の朝10時なのさ? 普通寝てる時間だろ」
 理沙は見た目老けてるから22歳とは思えない。実は30歳近いんじゃないかとさえ思える位なのに喋りがかなりバカっぽいからホントにバカに見える。それにカワイイ格好が似合っていないのもバカっぽさを演出している。そのくせ見た目まともな私の方が実際は学歴が低い。私は短大出で理沙は今年大学を出ている。ただ…。
「寝てる、って己ただのプーじゃん」
 と私が言うと理沙は笑い飛ばして、
「フリーターっていいもんだぞ。会社員なんてゼーキンとられるじゃん。理沙なんか所得申告してないからゼーキンないもん。行ったところに気に入らない奴がいたらバックレちゃえばいいしね」
 ゼーキンって税金のこと。こいつは脱税してたか。確実に年間110万円は稼いでいるのが見え見えだからすごい。
「大学で何を勉強してきたんだ? バカ丸出しでさ」
「男」
「やっぱりバカだ」
「バカとかいうな。品川だって遊んでんじゃん」
 えーっと、私の苗字は品川って言うのよ。ダサいから嫌なんだけど。
「う」
 返事に困ってしまった。確かに遊んでるからなぁ。こういうときは話をそらすしかあるまい。
「よし、買い物!」
「いや、待った」
 理沙は買い物というと必ず109から始まるんだけど、珍しく「待った」がかかった。
「今日はマルキュー行かん」
 なにっ!? 気でも狂ったか?
「どこに行くのさ?」
 理沙はニマっと笑ってこう言い放った。
「新宿」
 えーっと、何で?

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 たっぷり2時間コーヒー1杯で粘っているとウェイトレスが注文を取りにやってくる。が、二村はこう言い放った。
「おいしいお水ちょうだい」
 当惑顔のウェイトレスが去っていくと二村はニマッと笑って、
「俺の顔を見て戸惑ってたな。あの娘俺に惚れたね」
という平和なことを言っている。そして、
「やっぱ婚約者じゃ有罪だろ」
ととんでもない締めを始めた。いや、2時間の間殆ど同じ会話の繰り返しだった。
「婚約者のことはわからんからただの恋人と考えて、こういう状態のとき行くところは思い出の場所じゃないの?」
「思い出の場所なんてないぞ」
「何ぃ〜? それじゃわかんねーよ。困ったな」
「ああ」
「やっぱ婚約者じゃ有罪だろ」
と言う具合だった。  その繰り返しのせいで僕は「婚約者」という響きが嫌になってきていた。
「もう、『彼女』でいいよ。婚約者って言われると何か重い」
「そうか。ならそうしよう。…彼女とよくデートした場所ってどんなところがあるんだ?」
「うーん」
「何だ何だ、デートしてないのか?」
 デートはもちろんした。でも、それは平日の夜に町をふらついたり食事をしたりするようなもので、休日は大体僕の家に彼女が遊びに来ることが多かった。これではどうしようもない。
 二村は続ける。
「まさか、ほんとにデートしてないのか? それで婚約!? もしかして体にも触れてないんじゃ…」
 そこまで僕も初心(うぶ)ではないし馬鹿じゃない。でもよく考えると何か地味な付き合いだった気もする。そのくせ何回も別れを繰り返しているような普通じゃなく派手なようなところもある。
「これじゃ話にならないぞ」
「うん。思いつく場所がないんだ」
「じゃ、どこで会っていたんだよ」
「俺の家」
「アパートか」
「うん」
 アパートという単語でなぜか今朝のことを思い出して、あの胸が脳裏をよぎった。僕は変態か?
 二村は突然興奮したように大声になって立ち上がった。
「アパートか!」
「だからそうだって」
 また胸が…。自分が嫌になる。婚約者がいるのに浮気して、その体を思い出しているって、最低じゃないか。
 そこにウェイトレスが来て、僕らの状態を見て再び当惑顔になった。
「水です」
 二村は女性の声にすぐに反応する男で、
「あ、はいはい」
と、ウェイトレスから水の入ったグラスを受け取ったが何故か水は二村の分しかない。ウェイトレスをチラッと見やっても気づかないようで知らんふりをしているので諦めることにした。
 ウェイトレスが去っていくと二村は落ち着きを取り戻した様子で言い直した。
「いや、だからアパートなんだよ」
「何が?」
 僕は勝手に苛立ってしまった。二村はそれを気にすることもない様子で、
「お前の彼女はお前の部屋にいるんじゃないか?」
「でも、合鍵ないぞ」
 二村はさっきと同じ笑みを見せた。
「合鍵って簡単に作れるもんなんだよ。婚約者の一晩限りの浮気を素早く…というかタイミング良く暴くところを見ても完全に鍵を作ってるぞ」
「え…? でも俺は家からここに来たんだぞ」
「ああ。でもな、お前が外出したのを見計らって潜入してると見た」
「まさか」
「マジで。俺そういう異常に嫉妬深い女にやられたことあるからわかるんだよ」
 つまり美奈子は…。
「おい、美奈子は別に嫉妬深くなんてないぞ! それに俺は浮気なんかしてない!」

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 僕と二村は僕の家に行くことになり新宿駅に向かったが、別に美奈子を嫉妬深い女性だと認めた訳じゃないし自分が浮気をしたと認めた訳でもない。
 新宿駅に向かう途中スターバックスを見かけてしまった。わざわざ少し遠い喫茶店に行かなくてもここで良かったんじゃないか。
「マユ。今『ここで良かったんじゃないのか』って思っただろう」
「う?」
 何で分かったんだろう。
「甘いな。スタバじゃ2時間も粘れるわけないだろ」
 妙に納得できてしまった。けど…やっぱり納得できない! とは言いながらも二村の意見に従っているのだから文句を言える立場でもないのが現実だ。
 その時二村が突然今まで向かっていたのと違う方向に歩きだした。慌てて追いかけつつその行き先を見やるとそこにはこちらへ向かってくる女性が2人。一人は洒落たメガネをかけて知的でなおかつ綺麗なのだがもう一人は妙に若い格好をしているにも拘わらず老けて見えた。
 二村が二人の方へ行くと何やら話しかけている。何かを訊いているようなのだけれども、そんなことをして美奈子の居場所などわかるのだろうか?

 新宿駅南口を出て信号を渡ったところで理沙が近づいてくる男に気付いた。その遊び人みたいな感じの男は私のほうに来て、
「ねぇねぇ、2人で買い物?」
と、まぁナンパね。それに何故か理沙が答えて、
「そうだよ。何で?」
これは完全にナンパを受け入れている姿勢なのね。
「君、その若い格好いいねぇ。俺の連れとお似合いだよ」
「連れってあのハンサム?」
理沙が指差した男は結構私好みだった。…じゃなくて朝の男じゃん!
「ハンサムって、俺のほうがハンサムだってば」
「えー、こっちのがかっこいいよ〜」
 私の驚きを知らない理沙とナンパ男は勝手に会話をしている。更に、朝のあの男が私の近くに来たけど私に気付いていない様子。メガネをかけているからそう簡単にはわからないだろうね。裸だったらすぐに気付くかも知れないけど。ナンパしてるってことは彼女のことは諦めたのかな? よりによって私たちをナンパするなんて、彼は今日運が悪いことだらけなんじゃないかな?
 話しかけてきた男のほうには興味ないし、朝の彼に私のことが分かったら驚いちゃうだろうし、真面目っぽいからそれじゃ可愛そうなのでここは断るしかないでしょ。
「ごっめーん、あたしたち急いでんのよ。じゃあね」
と簡単に言って理沙の手を引いて逃げるようにその場を去った。理沙は文句たらたらだけど、朝の彼のことを考えたらこれがいいでしょ。…また会えたらいいと思う。昨日の晩何をしたか全く覚えてないから、今度はちゃんと「し」たいな。

To be continued.



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