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第三節 第五節

君は君のまま
第四話おかあさんといっしょ 第四節

 そこまで話を聞いた日下部は、
「それで?」
言いながらも欠伸が出てしまう。
「本当の母親、倉持政恵を見つけたら息子の依頼を受けさせてやるって」
「ん? 待ってくださいよ。それって、今日の昼までに見つけろってことですよね? それは既に社長の命令だったじゃないですか。その後に同じ条件を突きつけられたんですか?」
「日下部君に頼んだときは、晶君を喜ばせるために思い付いたことだったのよ。その後に日下部君が言うように同じ条件が出てきたの。偶然。」
「なるほど。でも、晶君の依頼と競合するような内容じゃありませんか? 晶君は社長に来てもらいたいんですよ。母親を連れてこいとは……」
「それは承知の上よ。私は初めから可能な限り母親を連れて行こうと思ったんだから」
「どうしてこの件にそこまでこだわるんですか? 母親を見つけてやっと晶君の依頼を受けられるということは、母親を見つけた成功報酬が1万円であることと実質変わらないんですよ」
「そうね」
 日下部は受話器を持ち替えた。
「何か思いつめる理由があるんじゃないですか? 僕に何か隠し事をしていますね」
 響子のため息が聞こえる。
「そうね。白状するわ。日下部君に隠し事してるのよ」
「何ですか?」
「ん、だから、隠し事をしているという事実を隠していたのよ。それを白状したの」
「いや、だからその内容は?」
「嫌よ。教えない」

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 電話を切った響子は肘を掴む形の腕組をして自分の部屋を一周した。
 自分がCassiopeiaを始めた理由というものを日下部に言わなかったのは、私財を守るためであるという理由を日下部が知ったら怒るだろうと思ったからだ。
 やはり真面目過ぎるというか、ちょっと変わっている響子だった。もともとは明るい性格だったのだが、母の早い死とそれに伴う孤立、将来の不安というものが彼女を変えた。明るさを包み隠してしまったベールはいつになったら消えるのか。
 響子も日下部同様徹夜で電話帳を漁っていた。都内の電話帳を見ていた日下部とは違って埼玉県南部のものを用いたがこれは意図があったわけではなく、『どれにしようかな』で選んだのだった。日下部と同じ物を見ていても仕方が無いので関東圏内の別の場所を探そうと考えたわけだ。そして奇跡というか、人生の定石というか、埼玉県浦和市に「倉持政恵」がいることを先ほど発見したのだった。
 日下部に「見つかった?」と訊いたのは、同姓同名の存在可能性が否定できないからだった。都内にいないことは日下部の返事で分かったが、まだ響子の発見した「倉持政恵」という名前が晶の母親のものかどうかは確認できていない。恐らく間違いないだろうが。
 柱時計の控えめな鐘の音に響子は立ち止まって振り返った。6時。一体何時に「倉持政恵」に連絡を取れば失礼にならないかと悩んでいた。晶の授業参観は10時半から始まる。そうなると、8時には話を付けないといけない。ということは、もっと前に電話をしないといけないことになる。でもそれは電話をするには早すぎる時間だろう。
 先ほどの電話で日下部に相談したところ、
「取り敢えずこちらへ来てください。朝食を摂ってきたほうがいいですよ」
 と言われていたので、その準備に取り掛かることにした。

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 7:10、響子がCassiopeiaに到着。
「日下部君、朝食摂った?」
 日下部はというと、……失った睡眠時間を取り戻すかのごとく、ソファで激しく寝ていた。
 起こすのも酷かと思い、響子は日下部のために作ってきたおにぎりと味噌汁をソファの前のテーブルに静かに置き、7時半になったら倉持政恵に電話をしようと決めた。
 20分後。響子が受話器を持った。ダイヤルする……呼び出し音が10回鳴っても向こうは出ない。……出た。
「はぁい」
 随分とけだるい声だ。
「倉持さんのお宅でしょうか?」
「そうだけど」
 起きたばかりなのかもしれない。
「朝早く失礼いたします。私、Cassiopeiaという便利屋の……」
「あ、そ。お断り」
 ガチャ。
 あ、切れた。……もう一回。
 次はすぐに向こうが出た。
「女って、しつこいわねー。いい加減にしないとねぇ……」
 あの男にしてこの女か、と思いながら響子はそれを遮った。 「あの、晶君という小学生をご存知でしょうか?」
 沈黙。
「知らないわよ」
 この沈黙が知っていると言わんばかりのものである。
「ご存知みたいですね。倉持政恵さん、あなたのご子息ですね」
「……そうだけど。何?」
「ご主人、じゃない、喜多島誠さんのご依頼であなたを探していました。今日、晶君の授業参観で、彼も待っている筈です。今からお伺いに上がりますので……」
「はぁ? 何よ突然。あいつ、まだ私を探していたの!? 冗談じゃないわよ」
「え?」
「『しょう』だってね、私がいなくなったことで私を怨んでいる筈よ。だから行けないし、行かないわよ」
 『しょう』という呼び方は母親がしていたんだ。晶君は母親を忘れられなくて自分のことを『しょう』と言っていたのね。
 と響子は気が付いた。
 そこで早速その旨を伝えたが、
「あの子は、そういうタイプじゃないわよ」
 と来た。しまいには、
「浮気男のもとには絶対戻らない」
 だ。
 電話を切った響子は考え込んでしまった。母親って、こんなもの? それとも私が未婚で子供もいないから分からないことなのかしら。とにかく政恵さんの所に行かないと。そうだ、日下部君には書き置きをしていこう。

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 日下部は足を踏み外したようになって目を覚ました。
 何時だ? と時計を見ると8:05。そしておにぎりと書き置きに気付く。
 社長、俺が寝ている間に来たんだ。
「……浦和ぁ!?」
 ちょっと待て!! 授業参観に間に合わなくならないか!?
 しばらく考え込んだ日下部。いつもなら厄介なことには拘わりたくない性分なのだが、思いつめた響子の様子を思い出して追いかけることにした。そして何故かとんでもない所に電話を入れた。松坂屋に。
「あ、あそこ車持っていないかも知れないな」

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 程なくエメラルドグリーンのRAV4がやってきた。そして巴が出てくる。格好は昨日と違って至って普通だが、当然ソバージュはそのままである。
「カシオペアさん、どうして商売敵を呼んだの? タクシーもあったんじゃない?」
 日下部は自分がとった行動に困惑した。どうして松坂屋を呼んだのか自分でも分からない……。
 巴は助手席のドアを開け、
「まあ、こっちはありがたいけどね。それにタクシーよりは安いと思う。その距離なら我が社は5000円だから。乗って」
と、日下部を促した。

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第三節 Novel H-SHIN's rooms 第五節

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