HSR
第四節

君は君のまま
第四話おかあさんといっしょ 第五節

 響子の書き残した住所は意外に簡単に見つかった。それでももう、9時半になっている。東京から埼玉に来るよりも戻るほうが時間がかかるだろう。もう授業参観には間に合わないかもしれない。
 松坂屋に依頼して浦和まで来たことを響子に知られるわけにはいかないから、近くで巴に降ろしてもらった。朝早いにもかかわらず事情を全く訊こうとせず、協力的に急いで連れてきてくれた巴に少し好感を抱いた日下部の前に公園があり、
「あ、社長」
 響子がベンチに座ってうな垂れていたのだ。近くにはバイパーが止まっている。ウインカーが点灯したままだった。
 近寄って声を掛ける。
「どうしました、社長?」
 響子は顔を上げようとしないでそのまま返事をした。
「日下部君、来てくれたんだ。倉持政恵さん、来ないって」
「そうですか。じゃ、授業参観に行きましょう」
「何言っているの。倉持政恵を連れて行けないんじゃ、駄目じゃない」
 その言葉に日下部は右腕を腰に当て、首をひねった。
「社長、クライアントは誰ですか?」
 やっと響子は顔を上げた。
「晶君」
「じゃあ、その親父の言うことは関係ありません。晶君は社長に来てもらいたいんですよ」
「そうかしら、そうだとしても私は母親になれないのよ。行けるわけないじゃない」
 日下部はため息を一つついてから口を開いた。
「社長。社長は社長で他の誰にもなれません。社長のままでいればいいんです」
「……私のまま?」
「そう。無理に母親の事を考えるからいけないんです。Cassiopeia社長倉持響子として行けば良いんですよ。第一、母親に会いたい子が母親を死んだことにして依頼に来ますか?」
 少し考え込んでいた響子だったが、
「分かったわ。行こう」
 もうバイパーの時計は9:45を示していた。

-----

 日下部はドリフトというものを初めて体験した。何と響子は裏道ばかり使い、そこでドリフト走行を繰り広げたのだった。座席から落ちそうになるのをこらえるだけで必死だった日下部は、バイパーが小学校の前まで来たときには睡眠不足も手伝って疲労困憊だった。
「私、行ってくる。日下部君は寝ていて」
 バイパーを降りた響子が小学校の校門へ消えていった。
 残された日下部は時計を見てみる。
「!」
 もう11:00になっていた。始まってから30分経ってしまっている。授業は残り15分しかない。
 一方、響子は自慢の足を生かして晶の教室へと急いだ。
 教室の前に来て慌てて足を止め、息を整えてから中に入った。すぐさま生徒たちの視線が響子に注がれる。
「あ! おかあさん、来てくれたんだ!」
 晶だ。立ち上がってこちらを見ている。うまい演技だと言うべきだろう。
 父兄の方にもこちらを見ている人物がいた。喜多島誠氏だ。

-----

「政恵さんを発見することは出来ませんでした。申し訳ありません」
 喜多島邸。響子と一緒に日下部も来ていた。
「そうですか。わかりました。しかし、晶が本当にあなたを求めていたとは思いもよりませんでした」
「正直、私もです」
 響子と喜多島氏は同時に笑った。
 なぜ、ここまで和やかなのかというと、その答えは晶にある。授業参観が終わった直後、喜多島氏が響子に文句を言おうとしたのを察した晶が真実を暴露したのだ。その真実とは、ある日喜多島氏が晶とドライブ中Cassiopeiaの横で信号待ちしていたとき、響子を見かけて見とれていた晶に、
「晶、あんな奇麗な人がおかあさんになればいいと思っているのか?」
と言い、それに頷いた晶に、 「便利屋、ってあるから『おかあさんになってください』とでも言えばいいんじゃないか?」
と吹き込んだということだ。それをきっかけに晶が『おかあさんになってください』の張り紙をしたというわけだ。
 その喜多島氏が響子を拒んだのは『迷惑を掛けた原因が自分の軽はずみな発言であることが知れたら困るから』だそうだ……。
 そして倉持政恵の捜索を条件に出したのは、晶が母親を求めていると深く感じたからであった。
 何の事はなかったのだ。それに対して日下部は密かに立腹していた。こいつ、そんなことで社長を苦しめたのか。冗談じゃない。社長も悩み過ぎだけど。
 一方、響子は晶が学校からの帰りに行った言葉、『やっぱりおかあさんと一緒がいいね。おかあさん!』に妙な安心を覚えていた。晶の全財産、報酬の1万円は響子の宝物になりそうだ。

-----

 帰り道、バイパーは響子の心境同様、穏やかな走りを見せていた。これなら日下部も一安心だ。まだ喜多島氏に腹を立ててはいたが、響子が怒っていないならそれで良いか、と思ってもいた。
「日下部君、お疲れ様」
「社長こそ、寝てないでしょう」
「え、どうして?」
「肌の荒れが……嘘です。勘ですよ」
 響子は笑顔で睨み付けてから、
「あ、そうだ。私を迎えに来てくれたとき、タクシーで来たの?」
と、期せずして日下部の痛いところを突いた。
「あ、ええ、そうです」
「そう。じゃあ、領収書、ある? 経費で落としてあげるから」
「あ、いや、それには及びません……領収書、貰い忘れたんです」
「そうなの? いいの?」
「ええ」
 冷や汗をかいた日下部は事務所が見えてきたときにある事を思い出した。
「そうだ、訊こうと思って忘れていたことがあったんです。初めて会った日に僕を遊園地に誘ったのは何故ですか?」
「え?」
「ほら、夕方遊園地に行ったじゃないですか」
 響子はバイパーを駐車場に停め、
「あれはね……」
 日下部の耳元に口を近づけた。日下部の心拍数が急激に上がったのは言うまでもない。男なら誰でもそうなるに違いない。いや、同性の女性の方が何事かと驚いて心拍数が上昇するかも知れない。
「気晴らしに丁度良いかな、と思ったの。それだけ」
 そして響子は突然大声で笑った。続けて、
「今のどう? 勘違いしそうになったでしょう」
 そしてゲラゲラと笑い続けながらバイパーを降りて事務所に戻ってしまった。
 取り残された日下部は……、
「なんじゃそりゃ!」
 全然ロマンチックじゃない理由が社長らしいと言えばそうかも知れないな。でも、急に明るさが出てきたようだな。何か吹っ切れるものがあったのかな? というか、ぶっ壊れたか!?
 バイパーを降りながら、今日はしっかり寝るぞ、と心に決めた日下部だった。

-----

 一方のんびりと帰宅した巴は、こっぴどく恵にしかられて萎(しぼ)みきっていた。
「隣接県なら一律10000円って決めたばかりじゃない! 何なのよ、5000円って!」

----- 第四話、完

 執筆後記

 疲れた! 題名と話の整合性が取れていないかもしれませんね。でもまぁ、こんなものかな? こんなに長くなるとは思いませんでした。無駄な文章が多いのかも知れませんが、むしろ足りないくらいだと思っています。
 具体的地名を出したくなかったのですが、止むを得ないかと妥協しました。もしかしたら書き直すかも知れません。
 他には、木村佳乃が宣伝している新型RAV4を見てがっくり。ダサい! RAV4じゃない車にするべきだったかも。まぁ、巴は中古で買ったので新型ではありませんね。
 今回は1/3ほどをCASSIOPEIAで書きました。Cassiopeiaの話を頂きもののCASSIOPEIAで書くことになるとは不思議な話です。リブレットとかザウルスとかいう会社を出せばそれらも手に入るのでしょうか(笑)。
 さて、次回第五話『偽装(仮)』はどのような話になるでしょう。
巴「仕事の内容も多彩になってきますね」
恵「そうね。仕事が無いよりはましだけど、人手が欲しくなるわね」
巴「例えばどのような?」
恵「おいしい食事を作ってくれる人」
巴「なるほど……ん? 私の料理はマズいと?」
恵「……そんなことより、慣れない仕事が来たわよ。頑張って!」
巴「偽装の依頼なんて受けられません!」


第四節 Novel H-SHIN's rooms

HSR