11時。遂に恵たちは軽井沢にある橘家の別荘に到着した。
適当な所で車を止めて2人は降りた。巴は自分たちが先に着いたことが信じられないらしく、真紅のバイパーを探していた。
それを見ていた恵は、
「いないでしょ? 勝ったのよ」
と微笑んだ。巴もバイパーが見当たらないので勝利を確信した。
「さ、クロちゃんをお連れしないと」
そう、まだ仕事が残っていたのだ。
「檻から出すんですね」
「逃げないようにするのが大変よね」
二人は荷台へ上がった。恵が檻を開け、巴が骨でクロちゃんを外へ誘導し、出てきたところで予め用意していた首輪を付けた。
「上手く行きましたね!」
巴は安堵のため息と共に言った。
クロちゃんは逃げようとするが巴の力で思うように動けず、観念して玄関まで来た。
恵がインターホンを押す。
「はい?」
橘喜代美の声だ。
「お待たせいたしました。松坂屋です。クロちゃんをお届けにあがりました」
恵の声は自信に満ち溢れていた。便利屋を始めて一番最初の大仕事をソツ無くこなせたというのは嬉しい。
喜代美の声が変わった。
「え? 何、もう来たの!? 嘘でしょ」
「いえ、本当です」
「分かったわ。今出るから」
インターホンが切れ、恵と巴は互いの顔を見て微笑んだ。ただ、巴の方は、この期に及んで逃げようと画策しているクロちゃんを引き止めているので少し笑顔が引きつっていた。
玄関のドアが開いた。喜代美はクロちゃんを見て本当に驚いた様子だったが、それを悟られまいと努力しているのが巴には見え見えで滑稽に映った。
喜代美は気を取り直して、
「松坂屋の勝ちね」
ちょうどそこへタイヤが砂利を噛む音が響いてきた。
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「あ、もういる!」
別荘に着いた日下部は、負けたことを知り落胆している。
響子も落胆したが表情一つ変えずにダッジバイパーを白い軽トラックの横に付けた。
降りて、おとなしいダイちゃんに降りるように促すと、ダイちゃんは逃げようとはせずに車の側で立ち止まっている。
「おいで」
響子が優しく声をかけるとダイちゃんは尾を振ってついてくる。更にその後ろを日下部がうな垂れてついていった。
「ただいま滞りなくダイちゃんをお連れいたしました。ご確認ください」
響子の態度を見て巴は「カッコイイ」と思った。が、口に出せるわけはない。
「はいはい。こっちも早かったのね」
喜代美は悔しかった。弄んだつもりが完璧にこなされてしまったとは。それでも平静を装って続けた。
「松坂屋の勝利!」
巴が、
「やったぁ!!」
と両手を挙げた。すなわち……クロちゃんを抗していた力が全く無くなったことになり、このドーベルマンは逃げ出した!
「あ゛っ!!」
そこにいた誰もが唖然とした。が、日下部は違っていた。
「社長、うちの勝ちですよ」
「え、あ、そう、そうよ。カシオペアの勝ちですね」
響子も賛同して喜代美に念を押すと、
「えー、あー」
しどろもどろ。
冷や汗をかいている巴を睨んでいた恵は機転を利かせて、
「全部取っておいで!」
と、残っていた骨を全部ダイちゃんに見せてから投げた。
「ワウ!」
ダイちゃんは響子のもとを離れて骨を追いかけていってしまった。
「ああ゛っ!」
今度は日下部が唖然とした。そして響子は諦め顔で笑っていた……。
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結局、クロちゃんは恵の投げた骨に気付いて戻ってきた。それを巴が例によって飛びついて押さえつけた為に見事確保と相成った。
勝負は痛み分けということで松坂屋が6万円、カシオペアが4万円のボーナスを貰った。予告されていなかったので、これには響子も恵も感激したものだ。
恵のアパート。
「やりましたね。ボーナス!」
部屋に帰ってきた巴が元気よく言うと、恵は睨んだ。
「万歳しなければ、10万円貰えたのと違う?」
「あ」
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Cassiopeiaの事務所に帰ってきた響子が、入り口に張り紙があるのに気付いた。
「何これ?」
読んでみると、『おかあさんになってください』という子供の字だ。
日下部も覗き込んで読んでいた。
「お母さんに、ですか。社長、お子さんいたんですか?」
日下部は本気とも冗談ともつかない言い方をする。
「どうしてそういう話になるのよ。子供がいたら、即『おかあさん』になってるでしょ」
「それもそうですね」
今日はご苦労、ということで、まだ2時だが日下部は帰宅させてもらった。その帰り道ふと思い出したことがある。
「あ、何で俺を遊園地に誘ったのか聞き忘れた」
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橘喜代美はまだ、はらわたが煮え繰り返っていた。
「悔し〜!」
あの子達、生意気よ。いつか痛い目に合わせてやる。
その時TVで流れていたニュースによれば、明日の天気は曇りという予報だ。
----- 第三話、完
執筆後記
いやぁ、書くのに時間がかかりました。ただ、それなりに遣り甲斐はありましたね。いろいろ矛盾もあるかもしれませんが、大きな心で見てやってください、ってそれじゃいけないんだよなぁ。細かいことを考えずに行き当たりばったりで書いているという姿勢が問題なんですよね。バイパーに二人が乗っているところにセントバーナードが入るのか、という疑問とか著者が抱いていますけど、ま、あれはダイちゃんがおとなしいから出来たということで納得してください。
書き終わってから思ったのですが、ここに出てくる3人の女性ってそれぞれに大きな欠点がありますよね。こういう人が現実にいたら、付き合いきれませんね(笑)。
さてさて、次回はどんな話になるでしょうか?
日下部「依頼内容から見て、社長、母親になるんですか?」
響子「知らないわよ」
日下部「じゃ、依頼を断るわけですね」
響子「う、それは出来ない」
日下部「どうしますか?」
響子「日下部君が女装してくれればいいのよ。もともと男らしくないし」
日下部「それ、セクハラ!」
響子「はは……(汗)」
次回、「おかあさんといっしょ」ご期待ください。いや、期待されるとプレッシャーが大きくなるか!?