HSR
第一節 第三話

第二話御犬様競争 - first contact - 第二節

 最悪だ。ただの道楽じゃないか。金持ちは皆こうなのか? 人を馬鹿にするにも程があるぞ。
 日下部の頭の中ではあの婦人     橘喜代美     に対する反感がこだましていた。そのまま「社」に戻り入り口を開けた。
「日下部君、どうして電話くれなかったのよ。他にも依頼があったけど断るしかなかったのよ」
 響子の怒った様子を気にも留めないで日下部はずかずかと接客用のソファに腰を落として、
「社長、こちらに座ってください」
言いながら向かいの席へ促した。
「何よ」
 日下部のただならぬ様子に響子は仕方なく応じた。
 時計は1時を指しており、デスクにまだ2分のカップ麺があったことが響子の気がかりだった。

-----

 一方巴も怒っていた。何なのよ、あの男にあのオバン!
「ね、恵さんあんな相手やっつけて、オバンも懲らしめてやりましょうよ!」
 恵は苦笑いした。
「いや、そんなこと言われても私はその相手を見たことないのよ」
「この仕事は引き受けますよね!」
 恵はコップにジュースを注ぎながら考えた。
「うん、そうね。報酬期待できるし、隣の駅の相手にも勝ちたいしね」
 巴はしまった、という顔になった。
「報酬、私が勝手に決めちゃったんですけれど……」
「は!?」

-----

 時間はさかのぼって橘邸。橘喜代美というのはいわゆる有閑マダムであった。道楽で飼っているとしか思えない二頭の大きな犬が依頼に大きく関係していて、橘喜代美の口から発せられた言葉は、
「このワンちゃんたちを私の別荘まで連れてきて欲しいのね」
だった。
 日下部も巴も同時に思ったことは、「自分で連れて行けばいいじゃないか」ということだったが橘喜代美はそれを察したらしく、
「この子達、夜から昼までは家にいないのよ。だからまず明日の早朝に探してきて欲しいの」
 と言った。
 こっちから聞かない限りまともに話しそうにない感じだったので、日下部は戸惑いながらも細かい内容を聞き出そうと、
「別荘というのはどちらでしょうか?」
 と探りを入れてみた。
「軽井沢よ」
 日下部は自分の質問の仕方を呪った。
 答えはそれだけかよ。聞いたことそのままの返事しかしないところが社長に似てるな。
 巴も痺れを切らしたので、
「あの、別荘には御婦人もいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうよ」
 日下部は巴の口調が意外に思えた。敬語など知らないように見えたからだ。
 巴は考えを整理して、
「では、私がその……ワンちゃん、ですか……を探して、車などで別荘へおつれした後に、婦人もお連れすればよろしいのでしょうか?」
 と恐る恐る聞いてみた。
 日下部は更に巴を意外に思った。「婦人もお連れ……」などとこんなに気が利くとは思わなかったわけだ。しかしながらアルバイトの経歴が数知れない巴にとっては当然のことであった。
 橘喜代美は首を横に振った。
「私はハイヤーで行くからいいの。それにあなたたちの方が早く着くとは思えないわよ」
 日下部は「あなたたち」が引っかかった。
「この人とは関係ないのですが」
「あら、関係あるでしょ。隣駅同士の便利屋。ライバルって云うことよ」
 二人とも隣駅同士と聞いて驚くと共に闘争心むき出しになった。先手をきったのは巴。
「では二匹ともうちでお世話させていただきます!」
「そうはいかない! うちにお願いします」
 と日下部も慌てて声を上げた。
 橘喜代美は楽しむように二人を見て、
「一頭ずつ任せることにしているのよ。それで競走をしてもらうわ」
 と言い、それから巴を見て、
「でもお嬢ちゃんには無理よ。うちの子は普通の犬と違って力があるから、他の男の人に来てもらって頂戴」
 と見下したように言った。
 言われた巴はむっとした。
「社員は私しか居りません。それに力には自信があります」
 と、部屋の中を見回して大きなテレビに目を付け、いきなり持ち上げた。
「どうですか?」
 自慢気な巴に橘喜代美も日下部も、目立たないようにいたメイドも呆気に取られた。
 思わず日下部が呟いた言葉が巴との間に大きな溝を作ることになった。
「怪力……」

-----

 恵は巴の話をそこまで聞いて遮った。
「報酬を決めたって云うのは?」
「ああ、それですか……」
 巴は上目遣いで話し始めた。
「前払いにするから独断で金額を決めろ、って言われて、でも勝手に決めて『あそこは高い』なんて評判広められたら負けちゃうし、『凄く安い』って決め付けられるようになるのも問題だと思ったので12万円にしました」
「どういう根拠?」

-----

 日下部は、
「1日中時間を費やすことになりますし、車も使いますから10万円にしました。金持ちですし」
 と根拠を述べたが響子は難しい顔をして、
「相手は?」
 と相変わらずの言葉足らずな聞き方をした。
「相手……松坂屋は12万円を提示しました」
「その2万円がどう響くのかしらね」
「分かりません」

-----

 恵が巴の貰ってきた12万円を金庫にしまった。
「ねぇ、その2万円の差がどういう影響をもたらすかは後で考えることにして明日の計画を立てましょ」
「恵さんも行くんですか?」
「それはそうよ。相手が何人で来るか分からないんだから」
「済みません」
 巴は、松坂屋の弱みである「社員が巴のみ」という点を相手のカシオペアに知られてしまったことを詫びた。
「まぁ、それはいいわよ。嘘をつくよりいいじゃない? 明日は大変よ。ドーベルマンの『クロちゃん』を捕まえなきゃならないんだから!」
「頑張りますよ!」

-----

 伸び切ったカップ麺をすすりながら響子は頷いた。
「ということは、松坂屋も2人でやっているわけね」
「はい」
「分かったわ。明日、セントバーナードを探し出して軽井沢のこの住所に連れて行けばいいのね」
「社長も来るんですか?」
 麺をすすっていたので響子は間を置いて、
「その方がいいでしょう。競走で勝たなくちゃ」
「犬の名前『ダイちゃん』ですから、そう呼んで探すんですよ。虚しいと思いますが」
「背に腹は代えられないわ」

----- 第二話、完

 執筆後記

 思いのほか長くなりそうだったのでここで切りました。第三話は「御犬様競争 - battle -」です。
 本来小説に書くべきではない、本文の表現のみで表すべきことをここで書いてしまいます。それはこのお話の主人公は誰か、ということです。実は誰、というわけでもありません。「恵陣営」と「響子陣営」がありますが、ドラマだと視聴者はどちらかの視点に立たされることが殆どでしょう。普通の小説の書き方でもこうなると思いますが、これでは勧善懲悪の構図になってしまい、私の意図するところと外れてしまいます。そこで敢えて主人公という概念を取っ払うというか、どちらも主人公にしてしまうことにしたのです。そのせいで両者の話が交互に出てきて読みにくいかもしれませんね。
 どうやらけっこう長い小説になりそうです。あ、Ghost Huntingも進めないといけない。しかし選択肢のある話を作るのは思いのほか大変で、普通のを書きたくなってしまって……(爆)。
 今後は恵の過去にも触れますのでお楽しみに(?)。息詰まらないようにしないといけないなぁ(笑)。

第一節 Novel H-SHIN's rooms 第三話

HSR