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第三節 第二話

第一話起業家たち 第四節

「何よそれ」
 恵は巴の報告に立腹していた。ここは恵の部屋で、アタッシュケースは開いたまま置かれている。まだ二人とも玄関で立ったままだった。
「だってぇ」
「はぁ、分かったわよ。ご苦労様。もう5時になるわね。夕食の用意、買いに行くけど来る?」
「済みません」
 巴は落ち込んだ様子だ。恵が微笑んで、
「いいわよ。一緒に食事もしましょ」
 と巴の肩を軽く叩くと巴は顔を上げて、
「はい!」
 元気になった。
 財布を開けた恵はお金が無い事に気づいて、
「あ、もう手持ちが無いからATMに寄っていこう」
 と靴を履き始めた。

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 恵と巴はATMの近くまでやってきた。
「でもあの二人、絶対怪しいですよ」
「そうは言っても証拠が無いからどうしようもないわ。1000万円は出てくるのを願うしかないわね。当面持っている100万円でやっていくしかないわね。100万円でも会社は出来るから頑張ろうね」
 恵は力無く微笑んでみせた。
「あのぉ、場所はどうするんですか?」
「うん、1000万円あれば事務所を構えようとも思ったんだけれど今の部屋でもいいでしょう」
「家賃、どうするんですか?」
「頑張って利益をあげないといけないのよね。だから満足に給料あげられないかも知れない」
 巴は悩んだ様子だったが、
「……同居させてくだされば構いません!」
 と元気に入社を決めた。
「わかったわ。頑張りましょう。……あれ!?」
 ATMからお金を引き出した恵が声を上げたので巴は恵の手元を覗き込んで、
「どうしたんですか!?」
 と聞いた。
「ここ見て」
 恵は巴に通帳を見せた。
「嘘ぉ!」
 無くなった筈の1000万円がそこに書き込まれてあった。

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 けっこう楽しんだ響子と日下部はベンチで休んだ。
「で、何の会社を始めようかしら」
「そうですね、僕が得意なのは電気回路ですから……」
 響子はそこまで聞いて、思い付いたように、
「ねぇ、履歴書見せて」
 と手を差し出した。
「あ、忘れていました」
 日下部は慌てて鞄から履歴書を取り出して手渡した。それを響子はじっくりと読んでいたが、
「就職浪人なの?」
 と「大学卒業」の文字を指差した。
 日下部は気恥ずかしそうに、
「そうなんです。だからメリットがあります。今すぐにでも入社できるんです」
 と頭を掻いた。
「ははっ。そう。じゃぁ、尚の事早く会社の業務内容を決めないといけないね」
 響子は笑った。
 日下部は正直、響子のこの笑顔を可愛いと思った。正確に言うと、奇麗と可愛いの中間。それがどうというわけでもないが、そう感じていた。
「とりあえず業務内容を細かく決めずに、電気部品とかの修理業でもやってみませんか?」
「そんなんじゃ経営なり立たない」
「あ、いや、じゃぁ何を?」
「何でもやってみない?」
「何でもですか」
 って何をやるのさ。
 観覧車の電飾が映えるほどに辺りは暗くなった。

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 翌日、恵と巴はしずく銀行に乗り込んでいた。
「そう言われましても困りますが、どうか番号札をおとりになってお待ちください」
 女子行員は困り果てていた。構わず恵はカウンターに乗り出して、
「あんたね、いいから上を呼びなさいよ」
 結構恐い。
「そうは行きません」
 この行員も頭が悪いらしい。他の客たちは愚か、ガードマンさえも楽しそうに見ている。揉め事というのは何よりも人気を呼ぶイベントのようだ。
 恵の横で巴は不敵な笑みを浮かべて、
「でもぉ、何で預金額が変わっちゃってるんでしょうかぁ?」
 その言葉に、行員もギャラリーも固まった。恵だけは凍りついていた。巴は慌てて少しかがんで恵の耳元で、
「あ、まずかったですか?」
と呟いた。
 この娘、恐いかもしれないわ。
「いいわよ、別に」
 固まっていた行員、封印が解けたようで、立ち上がりかけて、
「あ、あ、少々、少々お待ちください」
と言いながら振り返ったので脚を打った。
「……!」
 顔が歪んだ状態で、
「課長、課長!」
 と叫んだ。その慌て振りに周りの客は失笑、巴は大笑い。
 奥の方から課長が顔を出した。
「どうしたんだ、一体?」
 やってきて、恵を見た。顔が強張った。後ろを向いた。逃げ去ろうとした。行員慌てた。
「待ってください課長」
 仕方なく課長立ち止まって、こちらへ向かってきた。
「いかがなさいましたか」
 巴に向かって言う。恵の方は見ようともしない。恵は思い出した。
「宝くじで当たった1000万円どこへやったのよ」
 課長は一瞬ビクッとして、それでもさっきから見つめられて眼が点の巴を見たまま、
「え、あ、の、どういう事でございましょうか?」
 巴はおっさんに見つめられているのでジンマシンが出てきた。恵はどう切り返そうか迷ったが、
「あの応接室には防犯カメラなんか無いのかしら? 私のケースにお金入れる振りして入れなかったんでしょ」
と言ってみた。課長が目に見えて弱る。
 よし、吐かせるわ。
 恵がとどめを刺そうと思ったところに、課長と一緒に恵と揉めた男すなわち熊田がやってきた。
「どうなさいました? ……あ」
「あんた達、どうやって1000万円勝手に口座に入れたのよ」
「どういう事でしょうか」
熊田は飽くまで強気だ。
「どうやって宝くじの1000万を……」
「何の事か分かりかねますが」
「あ、そう。巴ちゃん、お巡りさん呼んできて頂戴」
 こういう時の恵は恐い。伊達に会社をやろうとしていないというわけだ。
「わっかりました!」
 巴が去って熊田と恵の膠着状態が続いた。
「たっだいまぁ!」
 意外に早く巡査を連れて巴が帰ってきた。巴は巡査にうまく事を説明したようで、
「預金の書類をお見せいただきたい」
と巡査が凄んでみせた。やっと熊田は怯んだ格好になって、
「どうやら当方の手違いのようです。失礼いたしました」
と恵に頭を下げた。どこまでも汚い。
「防犯カメラ、無いの?」
恵は諦めきれない。巡査はそれを見て、
「もう、いいじゃないの。お金は無くなっていないわけだから。それより営業妨害になるよ」
と無茶苦茶なことを言い出した。

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 仕方なく、恵と巴は恵のアパートに帰ってきた。
「分かったわ。私、お金を私のケースに入れさせている間に不覚にもトイレに行ったのよ。その時にやられたわね。確認しなかったわぁ」
 実に口惜しそうに恵が語る。
 巴は何も言わず聞いている。恵は続けて、
「あの課長が私の事を言いふらしていたのは、『私が1000万持っていることを知っているのはあんたたち2人だけよ。もし襲われたら犯人は2人に絞られるわね』って言ったのをかき消すためね」
「なぁるほどぉ」
 この一週間後、巴の反対を押しきって「松坂屋」が開業された。
 一方、一駅離れた所に倉持響子の便利屋「Cassiopeia」が出来た。こちらは恵のと違って店舗を構えている。

----- 第一話、完

 執筆後記

 女性というものの「気の強さ」と「社会的立場の弱さ」の衝突を表現したいな、と思って書き始めたのですが、私の場合設定を一度決めるとキャラクターが勝手に頭の中で動き出すので話しが浅くなってしまうんです。ここが素人の素人たる所以でしょう。
 ここはどうせ俺のページだから「読め!」くらいの気持ちで行けばいいのでしょうが、Ghost Huntingを進めていないという弱みがあるのでとっても弱気です。
 とても長い第一話になってしまいましたが、いい加減に書いているので矛盾多発か!?
 第二話はいつ発表できるようになるのだろう。

第三節 Novel H-SHIN's rooms 第二話

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