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第一節 第三節

第一話起業家たち 第二節

 警官がリビングに入ってきてため息をついた。
「はぁ、虚言でないとすると……」
「虚言なんかじゃありません」
 すかさず反論する恵。
「あ、失礼。しかしね、『消えた』と言われてもどうしようもないよ」
 そりゃそうだ。アタッシュケースの中身が無くなった以外に部屋に変化はなかったのだから。鍵だって掛けて出かけたし、帰ってきた時にも鍵は掛かっていた。本当に消えてしまったことになる。
 30代のその警官は帽子をかぶり直して、
「ガラスも割られていないということはですね、窃盗であるなら目撃者がいないと手詰まりなんですよ。アタッシュケースの鍵だってあなたじゃなきゃ開けられないんじゃないの?」
「ん、……」
 反論の仕様が無いけれど、何よこの公務員! 女だと思って馬鹿にしていない?
 この場合は恵の被害妄想と言えるだろう。
「では、情報を得次第捜査を行うことになるけど期待はしない方がいいね」
 警官も横柄であることは確かだ。
 まだ昼食をとっていなかった警官は昼食の事しか頭になく、銀行で恵が控えていたお金の番号をメモるとさっさと去っていってしまった。
「最低」
 途方に暮れる。リビングの窓から外を見るとこの快晴がさっきとは打って変わって小憎らしくなる。
「会社、出来ないじゃない」
 組んだ両手を頭に載せてため息。そしてインターホンが鳴る。ピンポンピンポンうるさい。
「ん? 何よ」
 取り敢えず出てみると息を切らした、恵より年下に見える女性が立っている。どこかで見たような、そうでないような。
「何か?」
 恵は警戒をしながら聞いてみた。女性は息を切らしながらも、
「社員募集しているのここですよね!」
 と言った。
「あぁ、それねぇ、取り止めになりそうなのよ」
「それって、お金じゃないですか?」
「は?」
「いや、取り止めの原因!」
 何で知っているの? 犯人はこの娘?
 恵の疑いとは裏腹に女性が叫ぶ。
「犯人らしき人、知ってます!」

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 倉持響子は今、職安に来ていた。ハローワークだか何だか知らないが、職安である。
 職業案内を見てみるがいいものが無い。
「これで駄目だからといってバイトしていても仕方ないしね。何か大きなことしないと」
 仕様が無いから車に戻る。真紅のダッジバイパー、豪快なアメ車。響子はどちらかと言うと和風美人と云う感じなので不釣り合いだが、冷たそうな見かけとスラックスがバイパーに似合う。
「ふー」
 株なんてすぐに結果が出るものじゃないから何か儲けることを他に考えようと職安に来てみたが意味はなかった。車を出すことなく考え事をしていたら窓がノックされた。見ると就職活動中だと一目で分かる男がこっちを見ている。
 響子は怪訝な顔をしてパワーウインドウを開けた。
「何?」
 男はちょっと圧倒された様子だったが気を取り直して、
「あの、私、就職活動をしているものでして……」
「それで用件は? 忙しいのよ」
 忙しくも何ともないが面倒なことには関わりたくないのでそう言ってみた。
 男は再び圧倒された様子だが、再び気を取り直して、
「会社、どちらでしょうか?」
「え?」
 また圧倒。
「あ、あの、どちらの会社の社長でいらっしゃいますか?」
 何? 私が会社社長に見えるの? 何て答えようかしら。
 響子は暇つぶしをしようと思った。何か商売を起こすなどのアイデアも会話の中で生まれてくるかもしれないという考えもあった。結構性格悪いかもしれない。
「職が見つからないの?」
「あ、いや、そういうわけでは……」
「職安近くにいるのは偶然? 違うでしょ。図星ね」
 男はうな垂れた。でも何で就職活動中で職安にいるのだろうか? ちょっと不思議な男だ。
「私、社長に見える?」
「違うんですか?」
「どう思う?」
「……」
 面食らった男を見て響子は笑った。
「当てたら会社紹介してあげる」
 笑うと冷たい感じが消える不思議な女性に男はちょっと面食らいながらも安心して、
「では……せん」
 『む』まで言い切らないうちに響子が反対側のドアを開けて、
「まあ、乗りなさい」
 男を促す。
「わかりました。絶対に当てますよ」
 快晴の空の下、Viperがビルの谷間をすり抜けていった。

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 恵はさっきの女性に促されて一緒に銀行「しずく」まで来ていた。ロビーに腰を降ろすや否や恵が口を開いた。
「ねぇ、三宮さん、どうしてお金の事知っているの?」
 女性は名を三宮 巴(さんのみや ともえ)と名乗っていた。22歳だと言う。
「あなたが銀行から帰った後に行員が『さっき出ていった女の人、宝くじで1000万円当てたんですよぉ』って言いふらしていましたから」
「ちょっと待ってよ。君はどうしてそれであたしの事だって分かるの?」
 巴は少し考えて、
「行員は『便利屋始めるらしいですよ。無理でしょうな。がははは』って感じでお得意さんと話していたんです。このことと社員募集の張り紙が関連付けられるし、女の人という点もぴったりじゃないですか!」
 妙に元気に答えた。
「ふーん、張り紙見たのね。それで、何で銀行に来ないといけないのかしら?」
「犯人は行員ですよ。銀行での仕事が終わって帰ろうとしたらそのおっさんの行員とちょっと若い行員が『1000万』って呟きながら銀色の、アタッシュケースっていう奴運んでいたんです」
「私のお金とは限らないでしょ」
 恵が言うと巴は長めの髪の毛を掻いてはにかんで、
「そうなんですよね。ははは」
笑った。
「あ、そう言えば何で私のお金が無くなったことを知っているのよ。さっき言ったことじゃ説明になっていないわよ」
「そうですね。ははは。……実はお宅に行ったらお巡りさんがドアを開けっ放しで話していたので聞こえたんです」
「あ、そ。……君の目的は何?」
「いやぁ、その、雇用をお願いしたいな、と」
「ああ、それでうちに来たらお巡りがいたっていうことね」
「そうです」
 時計の針が2:30を示した。
「お金ないとどうしようもないけど、履歴書持ってきた?」
 巴はちょっと言葉に詰まって、
「それが、バイトをクビになったばかりで持っていないんですよ」
 と言う。
「ふーん、クビね。……あ、思い出した!」
 そうだこの娘、朝モニター落とした娘だ。スカート姿だから分からなかった。
「君、力持ちよね」
「一応、そこら辺の男には負けませんよ」
 いいね。女の方が便利屋はいいかもしれない。
「よし、雇用決定」
「やた!」もちろん『やった』という意味。
 巴が万歳をした。それを恵は呆れ顔で見ながら、
「でもお金ないとどうしようもないからお金見つけてきて。お金の番号は一応控えてあるから。それが入社試験ね」
 一蹴した。
「えー!」
「異論ある?」
 恵のその言葉に巴は口を尖らせた。
「異論無いわね」
「ありますぅ」
「何?」
「張り紙にあった会社の名前、『松坂屋』はまずいんじゃないですか?」
 恵は戸惑った。
「そう? だって私の会社で、便利屋なのよ。松坂屋でいいじゃない」
「……」
 そりゃいくら何でもまずいよな。

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 響子が車を止めて男と高級レストランへ入っていった。男は日下部 慎太郎(くさかべ しんたろう)という名前だった。
「好きなもの食べて」
 響子がメニューを渡す。
「しかし、いきなり言われても」
「だめねぇ、判断力が優れていなくちゃ」
 日下部は憮然として、
「こういうことは判断力云々の問題じゃありません。それに、メニュー見ても何が何だか分かりません!」
 メニューを突っ返した。
 あ…、怒っちゃった。
「分かったわよ」
 響子が二人分のメニューを注文した。
 日下部はメニューが来る前に聞いておきたいことがあった。
「いつ、僕は正解を出せば職に就けるんでしょうか」
 忘れてた。
「食べてからでもいいでしょ。さっき車で言っていたじゃない、昼食まだだって」
「そんな」
「私のおごりだから気にしない」
「余計気になります」
 不毛な会話もメニューが来て途絶えた。
 傍から見たら別れ話の最中に見えるほどに無口な食事だった。

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第一節 Novel H-SHIN's rooms 第三節

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