HSR
終電車

 くそっ、飲み過ぎた。課長も歩ける状態じゃないし。まったくあんなにビールを注文するから……。
 私、神崎良太は29歳のサラリーマン。中堅食品関連企業の事務処理を担当して5年が経ちます。その前は同じ会社の苦情処理係をやっていました。我が社では入社後まず、苦情処理係からやらされます。苦情を聞いて製品改善の精神を身につけさせるという考えのようですが、営業でも開発でもない私たちまでがそのようなことをさせられるのには憤慨したものです。それというのも、社長の口癖が、
「万人平等の精神」
だからです。つまり全社員同じ苦労を知れ、ということなのです。合理性は二の次のこの社長に対しての課長の不満が今夜爆発しました。
「おい、神崎、今夜付き合え」
 昼休み、同僚達と夜遊ぶ約束をしていたときにいきなり課長に声を掛けられました。当然逆らうことは出来ません。そして夜、課長が料亭の個室に私を連れてきてビールを1ダース注文したのです。
 呆気に取られる私を尻目に課長は、
「いいから飲め。俺のおごりだ」
と飲み始め、社長に対する不満を漏らし始めました。
「俺はなぁ、可も無く不可も無い社員だった。それをいきなり解雇だぞ!」
 解雇という言葉に驚いた私を無視して話は続きます。
「俺と同期だった事務三課の課長の武が転職することになった、っていうだけのことで社長は俺に退職を命じたんだ!」
 社長お得意の『平等』による被害です。何か大きなことがあるとそれを、似た立場の人に同じように体験させるのです。何かいいことがあったときならうれしいものですが、今回のようなとばっちりは当然恐れられていました。
 課長は段々酔いが回って来て、それでもペースは衰えずに6本目の瓶を空けました。酒に弱い私に無理矢理飲ませることを忘れず、愚痴も忘れず、似た内容を繰り返しながら、少しずつ変化して続きました。
「退職金は貰える。でもな、この歳で再就職できるわけ無いだろう」
 課長の愚痴だけでは課長が完全に被害者に聞こえますが、課長だっていい目は見ています。武さんが200万円を拾って届け出た後に自分のものになったということがあったときには200万円を貰っていましたし、部長が懸賞で車を手に入れたときも、飲み屋で葉書を一緒に書いていたという理由で同じ車を貰っていたのです。
 こんな会社を辞めようとする社員が少ないのは、いい思いも出来るという理由に基づきます。私もその一人です。そしてもう一つ……自分が辞めたせいで同僚が解雇されたりして、恨みを買うのが恐いからです。
「武の奴、殺してやりたい! 女房に何て言われるか分からない、許せねぇ!」
 そして今、1ダースのビールをすっかり空けて歩けなくなった課長に肩を貸して駅まで歩いているところです。
 駅の方からアナウンスが聞こえてきました。
「間もなく、最終電車が参ります。お急ぎください」
 驚いて時計を見ました。12時を回っていたのです。急いで課長を引っ張ってホームの階段を登りました。5分は掛かった筈なのに電車は来ていません。階段を駆け上がってきた何人かの人も不思議そうに時刻表を見ています。そしてアナウンス。
「電車が少々遅れております。今しばらくお待ちください」
 電車が遅れていなかったら野宿するしかありませんでしたから喜びの空気が漂います。
 課長はすっかり寝ていました。そのせいで異様に重く感じられます。
「……」
 私は恐ろしいことを思い付きました。ここで、事故を装って課長を線路に落としてしまえば課長の望みが叶います。病死でない限り同じ目に合わされるという噂を聞いたことがありますから、武さんも同じ目に合わされる筈です。実を言うと、私は部長の古くからの知り合いだったので、課長は事ある毎に私を通じて部長にすがっていたのです。恐らく、今日もそのつもりだったのでしょう。何とかして社長に踏みとどまらせるように部長からのコネクションを作ろうと考えて私を呼んだに違いありません。
「落ちちゃえ」
 課長をほんの少し前に突き出しました。
「お待たせしました。電車が参ります」

 私はがらがらの電車の中で普通に座っています。課長も横で座って寝ています。
 もし、一緒に飲んでいたという理由で私が殺されてはたまりませんから。

----- 完

 執筆後記

 夜中に1時間で書きました。推敲していません。ってこんなことする前にGH完成させろよ、俺。

Novel H-SHIN's rooms

HSR