小山です。突然ですが、超能力ってご存じですか? 「ちょーすごーい」の意からいくと、『ものすごい力』となるわけですが、正しく意味を捕らえると『能力が人並みはずれていること』と言えるのではないでしょうか。すなわち、人より器用だ、とかいう一般的なことなのです。深くこだわる必要は無いことなんですよ。そういえば、わたしの推理を犯罪能力で凌駕する犯罪者は見たことがありません。
男の名は小山文義。警視庁捜査一課の警部である。27歳と若いのに警部、という優秀な刑事だ。身長172cmで、やや痩せ形。そしてやや童顔。ふだんは目もぼんやりしているので遊びほうけている大学生に見られがちだ。だが、事件に取り掛かって推理をするときは眼光が鋭くなる。この目付きを知っている仲間は皆、彼が若くして警部になっているのは当然だと思っている。そして明るい性格で誰からも好かれている。
小山といつも組んでいる(組む、というより兄事しているというのが正確か)のは田辺康幸24歳。警視庁捜査一課のルーキーである。こちらは181cmと背が高く体格もいい。
小山は田辺とともに捜査一課のテレビで昼の番組を見ていた。
『超能力者、望月猛さんどうぞ!』
司会者が喚くと、何やらメガネのおっさんが登場。スプーンを取り出して、クニッ、と曲げた。おっさん一言。
『能力があればこすらなくても曲がる』
それを椅子で踏ん反り返って見ていた田辺は、
「こんなのはもともと弱くしたスプーンを使っているんですよね。小山さん」
と小山を見ると、小山は黙りこくったまま昼食のカレーに使っていた捜査一課常備のスプーンを紙で拭いて、いきなり軽く人差し指で曲げて、しかもスプーンの首をポキリと折ってしまった。
「凄い! 小山さんって、もしかしてエスパー?」
「ばかなことを言うなよ。これは誰でもできる。こつがあるだけだ」
「へぇ」
「何でもこつなんだ。刑事の仕事だってそうだろう? 時には勘がものを言う、ってのだって勘の使い方にこつが有るんじゃないかな」
数々の超能力を披露して番組を終えたおっさん 望月猛は楽屋に戻って一息ついた。
スプーン曲げは愛嬌程度だからどうでもいい。そのほかのネタはすべて自分で考案したものだから誰にも粗拾いはされまい。サクラも使っていないから危険は無い。
ただ、一つだけ問題が有る。弟子の盛田由美子だ。彼女は6年前18歳で単身上京。マジシャンになるという目標が有った彼女は元から才能もあったのだろう、望月があるパーティーで超能力ショーを行った後、パーティーをのぞき込んでいた彼女は望月の楽屋を訪れて超能力を否定した。仕掛けを見抜いたのである。望月は困った。脅迫をされたのである。弟子にしてくれなければ口外する、と。彼女は手品師としての望月にひかれたらしい。以後、ずっと手品の指導を彼女に施し続けてきた。
そして今朝彼女から電話があった。
朝。電話だ。眠い目をこすって電話に出る。
「もしもし、望月ですが」
するとかん高い由美子のはつらつとした声が耳を打った。
「先生! ものすごい手品が完成しました!」
「なに? 何時だと思っているんだ? 4時だぞ」
「えっ、あ! 済みません。徹夜で手品を完成させていたものですから時間の感覚が無くなってしまったんです」
「そうか。じゃ、テレビ局に行く前に寄るよ。是非自信作を見せてくれ」
「はい!」
受話器を置いた望月はほほ笑んだ。可愛いじゃないか。徹夜で真面目に『趣味』に取り組むなんて。俺にはそんな元気は無いな。だから超能力者ぶって稼ぐしか無いんだ。
由美子の考案した手品は度肝を抜くものであった。彼女は五百円玉を人差し指と親指でつまんだ。それを彼女が凝視しハッ、と掛け声をかけるとその五百円玉が目の前でフッ、と消えたのである。
楽屋で望月はあの光景を思い出していた。タネを聞いても、
「超能力だと偽っている方にはお教えできません」
と突っぱねられてしまったのだった。あれがあれば当分飯が楽に食えるのだが。なんとかして知りたい。そのことだけが望月の頭を駆け巡っていた。
望月は決心するとテレビ局を出て、盛田由美子の家へと向かった。
由美子の家は持ち主が彼女の親戚であるために普通の一軒家でありながら安く借りているらしい。一人には大きすぎる家だ。望月はインターホンを押してみたが、返事がない。出掛けている様子だ。望月は、しめた、と家のカギを針金でこじ開けた。手品師だ。これくらいのことはたやすい。続いて彼女の手品を見た二階に上がる。部屋に入ると整然と片付いていたので引き出しを手当たり次第に探った。意外と簡単に五百円玉が見つかった。しかし、自分も見つかったのだった。
「先生、何をなさっているんですか?」
しまった、と思ったが焦っても仕方がない。諦め顔で望月は振り返った。
「済まない。タネが知りたくてね」
由美子はキッ、と睨んで、
「また、超能力だとか言って人を騙すおつもりでしょう。わたしはマジシャンです。ペテン師のお手伝いはできません。どうかマジシャンとして仕事をなさってください」
望月にその言葉はむだだった。望月は金の亡者になっていたのだ。手品師ではテレビに出る機会など少ないが、超能力者だとテレビに出、顔も知られて営業が断然増えるのだ。この生活を捨てる気はなかった。望月は頼み込んだ。
「これを教えてくれ、頼む」
「そこまで言うんでしたらお教えしますけれども、同時にあなたの秘密も口外しますよ」
望月は困った。どうしてもこの手品をものにしたいが……。望月は由美子の護身用のバットに目をつけ、それを手に取り由美子を睨み付けた。
由美子も望月を睨んだ。
「それで殴るんですか?」
「……」
「そこまできたら、いよいよ完全なペテン師です!」
「ペテン師と言うな。生きていくためにはこれしかないんだ」
「わけがどうあれ、ペテン師はペテン師です」
「しつこいぞ」
望月は後ろめたさがあるからこそ頭に血が上ってきた。それを察してか否か由美子は追い討ちを掛けた。
「ペテン師!」
望月の我慢が理性では制御できなくなった瞬間だ。
「……! 恩師に逆らうか!」
と、由美子の頭上にバットを思い切り振り下ろした。
小山はパトカーの後部座席に座ったまま寝ていた。田辺の事件説明など聞いちゃいない。睡眠学習という様子でもない。いびきをかいていては何も聞こえないだろう。田辺はうんざりして黙った。それにしてもうるさいいびきだ。田辺は運転手、じゃなくて警官に申し訳なく思った。しかしながらその五十がらみの警官は愛想がよく、
「小山警部は最近寝不足なんだろうねぇ、警部さんは忙しいから」
田辺はますます肩身の狭い思いになった。
殺人現場である由美子の部屋に入ると小山は大きく欠伸をした。
「田辺君、説明頼む」
田辺はカチンと来て、
「パトカーの中で既にしましたけれど」
と言う。しかしながら小山はあっけらかんと、
「現場で今一度聞くことで新たに発想が浮かぶから頼むよ」言ってのけた。
「はいはい。えー、被害者はここの借り主、盛田由美子24歳。独身です。職業は手品師でなかなかの腕だったようです。状況からして泥棒と出くわして、バットで殴られたんじゃ無いでしょうか? 外傷もバットによるもののみで、死因もバットによる打撃でしょう。死体は動かした形跡はゼロですね」
「なるほど。発見者は?」
と言いながら小山は持って来たスプーンを曲げたり戻したりして遊んでいる。
「こちらの超能力者、望月猛さんです」
小山は望月を見て、
「おお! あなたですか。先程テレビで拝見しましたよ『昼のとびっきりテレビ』。わたしもね超能力が有るんですよ」
と、さっきのスプーンを取り出して、スプーンの柄をつまんで持った。軽く揺るがすとスプーンの首が牡丹の花のごとくポトリと落ちた。
「ね。凄いでしょう。 時にあなた、盛田さんとはどういうご関係で?」
望月は小山の芸を見て不愉快になったが、気を取り直して、
「ああ。超能力者が手品師と知り合いだというのが如何わしいとお感じのようですな。確かに、わたしは彼女と親しかった。何分超能力者は疑われやすいものですから、テレビで行うものは手品師でも真似ができないものでないといけないのです。ですから彼女にわたしの力を見てもらって、彼女に真似ができないものを選ぶ、ということをしていたのです。彼女は彼女でわたしの超能力ショーをヒントに手品を考案していました」
「ははあ、なるほど。では、どうして彼女の死をご存じになったのですか? カギがかかっていたので大家である被害者の伯父に開けてもらったんですよね」
「ええ、笑わないでくださいよ。超能力で感じたのです。彼女が泥棒に襲われたのを。電話をかけても出ない。家に来ると、彼女の死んでいる様子が透視できたのです。そこで大家さんにお知らせした次第です」
小山は納得した様子で、
「伯父さんも由美子さんが心配で念のために入ったのですね。分かりました。後は我々にお任せください」
と言った。
では、と望月が由美子の部屋を出ようとしたとき、小山は思い出したように、
「ああ、ちょっと、望月さん。もう一つ」
まるでコロンボだ。
「はい?」
小山は照れたように、
「ここまで事件を透視した方だ。お恥ずかしながらこちらも泥棒を挙げるのは大変ですので力をお貸しいただきたいのです」
と頭を掻いてみせた。
望月は得たとばかりにほほ笑んだ。
「友の死です。わたしも犯人が憎い。協力させていただきますよ」
「ありがとうございます」
この一連の会話を聞いていた田辺は自分の耳を疑った。望月を馬鹿にしていた小山が何故彼に協力依頼をしたのだろうか?
小山は落ちている凶器の折れたバットを見て、
「望月さん。これは犯人が強盗目的で持っていたのでしょうかね。でも犯人が証拠を残すはずが無いんですよね」
「犯人は彼女からバットを奪って殺したのです。客間にいた犯人に護身用のバットを奪われた彼女はここまで逃げて来た。そしてここで殺されてしまった」
小山は感心した様子。
「ほほう。なるほど。 変な犯人ですね」
望月は戸惑った。「え?」
「バットには指紋が何一つついていない。由美子さんの指紋も無いなんておかしいですよ。泥棒なら手袋をしているから拭う必要ないですよね。それと、基本的なことですが、普通空き巣をねらうはずです。家の人が出掛けるのを確認してからカギをこじ開けて、中に入りカギをかける。そしてお仕事に取り掛かる。万一家の人が帰って来たら、カギを開ける音で帰宅に気づいて泥棒は窓から逃げ去るはずです。この事件の場合、彼女は部屋にいたことになります。間抜けな泥棒ですね。さらに、どうして追いかけてまで殺したのでしょうか? 泥棒は捕まったとき余罪も追及されますから余計な罪を増やしたがらないんですよ。ですから強盗でも無いのに殺しますかねぇ」
小山のまくし立てに望月は驚いた。小山は続けて、
「最後にもう一つ。逃げ惑う人間の脳天を一撃で叩き潰せるでしょうか? 外傷は頭だけもっとも、哀れな姿でしたが。 逃げる人間を攻撃したら手とか胴に当たるように思います。不思議ですねぇ」
田辺は納得した。小山はやはり望月をはめようとしているのだ。恐らく彼を犯人だと思ったのだろう。あの『ねぇ』という語尾は小山が人をはめるときの癖である。
望月は小山の疑問にこう答えた。
「犯人である泥棒の頭の中までは残念ながら読めません。形有るもの以外は透視できないんですよ」
望月が去って行くと田辺は小山に聞いた。
「どうして彼を犯人だと踏んだのですか? どう考えても望月さんにメリットはありませんよ。むしろ仕事のパートナー的存在を殺したら損ですよ」
小山は真面目な顔で、
「俺がパートナーの田辺君を殺したら損かなぁ」
そう言ってからニカッと笑った。
したがって田辺はこの日ふてくされっぱなしになった。
翌朝、小山は誰もが署にきていないほど早くから捜査一課にいた。田辺の出勤時間は早い。やはり長く待つ事なく田辺がやって来たようだ。それを見計らって小山はあらかじめカギをこじ開けておいた田辺の机の引き出しを漁り始めた。
廊下の足音が止んでドアが開く。やはり田辺だ。田辺は自分の机を漁っている小山を見て、
「ちょっと! 何やってんですか!」
と慌ててやって来る。小山は振り返って、
「ごめんごめん。ここにお金が入っていたよね。今月ピンチなんだ。貸して」
「このお金は公用のお金ですよ。貸せません」
小山は不適な笑みを浮かべて、
「そうか。貸せないか。ならば……死ね!」
と丸めた朝刊で田辺の頭をパカンと叩いた。
田辺は訳が分からず目を丸くして突っ立っている。小山はガキのようにはしゃいで、
「やったぁ。面有り一本!」
などと叫んでいた。
田辺は我に返って、
「何するんですか! 痛いなもう!」
「はっはっはっ、ごめんよ。でも実験成功だよ。うん」
「は? 何のことですか」
小山はそれには答えず、
「どうして攻撃に反応できなかった?」
「え? だって小山さんが俺を殴るとか考えませんよ」
「そうだよな、知り合いだったら気が緩むよな」
小山と田辺は再び捜査一課で『昼のとびっきりテレビ』を見ていた。
『今日も望月猛さん登場です!』
司会者が言うと、望月が現れた。
『望月さん、今日は何を?』
『そうですね。これはさっき食堂でもらったお釣りの五百円玉です。調べてください』
望月は司会者に五百円玉を見せる。
『えー、ただの五百円玉ですね。物が買えますね』
『では、いきますよ。よくこの五百円玉を見てください』
望月が五百円玉をつまんで凝視したまま掛け声をかけると見事に五百円玉は消えた。
田辺もこれにはびっくり。
「凄いですね。やっぱり本物の超能力者なのかな? じゃ、透視した泥棒のモンタージュも作れますね」
小山は笑って、
「この一円玉が……むん!」
一円玉を消した。
「小山さん、エスパーでしょ」
望月が由美子の家に呼び出されてやって来た。
「警部さん。どうしました? またお力になりましょうか?」
小山は真面目腐って、
「ええ、是非。まずは私の話を聞いてください。彼女 由美子さんの身辺を調べたところ彼女の友達は皆アリバイが有りました。彼女の知り合いでアリバイが無いのはあなただけです」
「どういうことですか? 泥棒と関係は有りませんよ」
「犯人が泥棒だ、なんて笑わせないでくださいよ。実は私も時間を超えた透視ができるんです。いきます」
小山は目を閉じて透視をするふりをして続けた。
「あなたがこの部屋にいます。机を漁っていますね。由美子さんが部屋に入って来てあなたに気づいた。『ちょっと、何してるんですか』『頼む、この手品を俺にくれ』『駄目です』『くそっ、死ね!』あーあ、バットで殴り殺してしまいました」
望月はポーカーフェイスを装ったが、小山も田辺もプロだ。望月が動揺しているのが分かった。
「引き出しの取っ手は拭われて何一つ指紋が無いのに、引き出しの中の手品道具にはあなたの指紋が有りました。これが何を意味するかは言うまでもない。あなたは彼女の手品が欲しくて盗もうとしましたね。もうごまかさないで本当に捜査に協力してください」
「何のことだ」諦めの悪い望月。
「あなたが盗んだのは特別な五百円玉だ。詳しく調べりゃ仕掛けが分かるはずだから見せてください。事件の重用参考人として要請します」
望月もごまかす手段が見つからず、仕方なく白状した。
「私が殺した」
「分かりました。そうだ。プロのあなたに見て欲しいんですよ」
小山は一円玉を消した。
「どうですか?」
望月は答える代わりに肩を落として、
「素人にも考えつく仕掛けのために彼女を殺してしまった。魔が差したと言えばそれまでだが、悪いことをした。徹夜で考案した彼女の苦労もむだだったか。素人にもできるとは」
小山は内心「俺ってうまいんだな」と思った。が、あまりにも彼が落ち込んでいるのを見て、さっき、音のしないように落とし、足の下に隠したことで消してみせた一円玉は望月に見えないようにしようと思った。
田辺です。これが小山警部の消した一円玉です。そしてこれが金属疲労させておいて後で揺さぶると折れる仕掛けになっているスプーンです。仕掛けを見破るのが私の超能力なのです。
田辺は彼女である竹田晴美の家に来ていた。二人でカレーライスを食べていると、
「このスプーンで小山さんのこと思い出しちゃったよ」
と田辺がボソッと言った。
晴美は不思議そうに田辺を見つめた。
「思い出し『ちゃった』ってどういうこと?」
「聞いてよ。小山さんね、『田辺君を殺したら損かなぁ?』って言ったんだよ。ひどいと思わないかい」
「きっと別の意味なのよ。きっと……。それより超能力者望月ってどんな感じの人だった? ショックよね。本物だと思っていたのに」
「あんな奴目じゃないよ」
田辺は高級なスプーンの首をこすって、
「やっ」
力いっぱい曲げようとしたが失敗。
……スプーン曲げは背に「STAINLESS STEAL」のみが記されている安物でないとできませんよ。
----- 完
執筆後記
「小山文義」はGhost Huntingの元ネタです。GHにはこのお話をvirginal.txtと云う形で載せていますが設定がGHと異なっていたので修正を加えました。この話は高校2年生のときですから、1994年に書いたものです。
お気づきの方もいるでしょうが、「古畑任三郎」のスタイルを盗んでいます。題名が主人公そのままで、始めにその男が話し掛けてくる。そして最後は部下の名前を題名にしておまけのお話を付ける(深夜の「今泉」好きだったぁ)と云うところなんか完璧に盗んでいますね。
本当はあと二つ話を書いていたのですが、当時使っていたワープロのFDがクラッシュしていて中身が消えていましたのでどうしようもありません。どんな話だったのかくらいしか覚えていないんです。それに一つはGHと全く設定が違っていて、小山に彼女がいたんです。GHでは「今まで彼女など全くいない」と云うことになっていましたので、再現しても無意味かと思いました。次は新作です。